第25話 元童貞、決勝戦を前に
救護室にミーナを連れて行き、ベッドに横たわらせた。
「……卑怯なマネをして!」
「やっぱり気がついていたか。
そんなに僕のお姫様抱っこが心地よかった?」
「ふざけんな。
晒し者にされるのが嫌だから寝たフリしてやり過ごしただけだ。
ああ……クソッ! うぅ〜〜〜」
ミーナは顔を両手で覆って悔しそうな唸り声を上げる。
彼女の目論見は打ち砕いた。
モテ男との復縁は叶わない。
もっとも、優勝したところで別れ話が覆るとは思わないが。
とはいえ、僕のせいで彼女が不幸になるのは見ていられない。
『ヤリティン』の名にかけて凡百の『ヤリチン』とは違うところを見せつけなきゃな。
「卑怯なマネしてすまなかった。
君があんまり強いものだから精神攻撃しなきゃ勝てそうになくてね」
「…………本当に、私は強かった?」
「うん。僕が知ってる中ではレクシーに次ぐくらいに。
強いおねえさんは好きだよ。
試合中に口説いたのはまるっきり嘘ってわけじゃない」
「色ボケたガキだな……まったく」
ミーナはそう言ってため息をついた。
声音から怒気は薄れているように思えた。
「この街に来るまで、商隊に連れられて旅をしていたんだけどゾンビに襲われてさ。
雇われていた護衛の冒険者も全滅して何人も犠牲者が出た。
レクシーのおかげで命拾いしたんだけど、あの時ほど強い人に憧れた瞬間はなかったよ。
君は強い。
アイツの弟子とか関係なしに良い冒険者になれると思う。
だから、自棄になったり自分を安売りしたりしないでほしい」
僕は心からの気持ちでそう伝えた。
つくづく本気で伝えようとする言葉は難しくて、ちゃんと伝わったかどうか分からなくて不安になる。
ミーナがどんな反応をするのか、一つの仕草も見落とさないようにじっと目を凝らした。
「……完敗だね。
戦った後にそんな言葉をかけられるなんてどれだけ余力残してるんだ」
苦笑するミーナ。
彼女は思うほどこっちは余裕じゃなかったんだけどな。
「まあ、分かったというか……敗者が勝者の言うことを無視するわけにはいかないからな。
お前の言うとおり、先生に縋るのはやめにするよ。
どうせ、力づくでなんとかしようとしても私じゃ勝ち目ないし」
「あのモテ男って強いの?
レクシー……うちの師匠には頭上がらないっぽいけど」
「先生は強いよ。
私とニーナが束になってかかっても手も足も出ないくらい。
アンタの師匠が『
自信家ではあるが、兄弟子でありまた指導者であればそこまで的外れな戦力分析をしているわけではないだろう。
事実、レクシーの強さの半分くらいは『天職』由来のアビリティにある。
聖属性の闘気を放出し、剣技を放つ『聖剣技』。
傷の回復や毒素の分解を行う『治癒魔法』。
この二つを併せ持つレクシーは超高速、超破壊力の戦闘を行いながらダメージを受けても即座に回復することができる。
脳の溶けたゾンビの大群なんてのは羽虫を蹴散らすように駆除できるし、対人戦においても無類の強さを発揮できる。
僕はこのひと月の修行の中で『剣技』と『体術』のアビリティは習得できたけど前述の二つは習得の兆しすら見えなかった。
「君にとっては強くてカッコいい師匠だったわけだ」
「うん。だけど、憧れるのはもう終わり。
アンタのいうとおりもっと強くなって、冒険者として活躍していずれは先生が見上げなきゃいけないようなすごい人間になってやる。
そっちの方がきっと楽しくてドキトキすることがたくさんありそうだし」
「賢明だよ。
じゃあ、僕は決勝戦に備えるから」
彼女に背を向けて歩き出そうとした、その時「ねえ」とミーナが声をかけてきた。
振り向いた時、彼女は体を起こしていて何か言いたげに口をモゴモゴしていた。
「なに?」
「…………ううん。
なんでもない。
どうせだからニーナのヤツもぶっ飛ばして分からせてやって。
あの子、変な調子の乗り方してて危ういから」
「言われなくとも」
救護室を出て、武舞台に戻ろうとした僕だったが、大きな歓声が上がり、続けて魔法によって拡声された実況の大声が聴こえてきた。
「すごい! すごすぎるぞ!
可愛すぎる女剣士ニーナ!!
優勝候補筆頭と目されていた強敵を瞬殺ぅっ!!
この勢い!
テリウスは止められるのか!?」
マジか……
たしか準決勝の相手はなんとかとかいう騎士かなにかをやっていた強そうな人だったはず。
予想外の強さに気圧されていた僕の元にニーナがニコニコした顔で現れて、
「テリーくん。
決勝まで時間あるからさ、少しおはなししよーよ」
と、誘い出してきた。
僕たちはギルドの建物の裏に移動すると、ニーナは機嫌良さそうに話を始めた。
「びっくりしたよ。
ミーナを倒しちゃうなんて。
正直、ミーナとはやりあいたくなかったんだよね。
手の内も知られてるし、なりふり構わず来られたらヤバいと思ってたからさー」
「僕はそのミーナを真っ向勝負で倒したんだけど。
ヤバいとは思ってくれないわけ?」
色仕掛け使ったのはナイショだ。
「あはは、そうだねぇ。
だからさ、手加減してくれないかな?」
ピンク色のショートカットに丸い印象を与えるたぬき顔の美少女が、ちょっと腰を曲げてたわわな胸をぶらさげるようにしてお願いしてきたら男としては首を縦に振りたくなる。
「悪いけど、こっちも負けられないんで」
「先生にムカついてるから?
だったら試合で勝つよりもっといい嫌がらせの方法があるよ」
「ふーん……それは興味深いな」
僕がそう言うと、ニーナはスッと僕の耳に唇を寄せて、
「あたしを寝取っちゃうの」
「は?」
思わず変な声が出た。
動揺した僕をニーナは笑い、シャツの上のボタンをプチプチッ、と外し白桃のような魅惑の果実の肌を惜しげもなく見せてきた。
「先生が他の女に気が向いてることは分かってるもん。
あの人って初物好きだし、自分からしゃぶりつくようになった女は冷めちゃうんだってさ。
大会優勝の条件だって体よくあたしとミーナを振る口実なの見え見えだし」
女の裏の顔を見た気分だった。
幼くメルヘンな雰囲気を醸し出していたニーナの方がよっぽどミーナよりも大人で鋭い目を持っていた。
「アイツに愛想を尽かしてるならどうして優勝したいんだ?」
「そっちの方がお金になるから。
この街に来たときには娼婦になって客から病気もらって野垂れ死ぬだけの未来しかなかったのに、こんなに未来の希望が溢れてるんだよ。
持てるもの全部使ってでもかき集めたいと思うのは当然じゃない?」
なるほど。
彼女は僕が説教するまでもなく自分の価値を正確に把握していたわけだ。
その上で、手段を選ばない。
「で、娼婦まがいの手管で武闘大会の優勝を掠め取ろうと」
「別に身売りしているつもりはないよ。
テリーくんは実際ステキだと思うし、これからも仲良くしたいなって。
コッチの方はあなたのお師匠さんより、私の方が教え上手だと思うよ」
ここで教え上手のニーナさんアピールですか。
すごいな、この子。
もし僕が童貞のままだったら秒で陥落しているだろうし、そうでなくとも…………
「そんな感じで準決勝の相手も口説き落としたの?」
「ご想像にお任せするよ。
で、キミはどうする?」
といって、自身の白桃を指でついて弾ませる。
悩ましいし、悩むなあ……
実際、ニーナを抱いてあのモテ男よりもずっとイイ、と言わせるのは気持ちいいかもしれない。
でも、
「惜しいけど、我慢する。
僕も優勝しなきゃいけない理由があるから」
「……ちぇっ。
あたしが色仕掛けに失敗したのは初めてだよ。
じゃあ、せいぜいお手柔らかにね」
僕を取り残してニーナは去っていった。
彼女がモテ男の魔の手から離れかけていることを知ってホッとしているはずなのに、モヤっとした不安が拭えないまま、決勝の舞台で彼女と相対することになる。
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