第26話 元童貞、弟子の意地を見せる

 僕とニーナの決勝戦は大盛り上がりの観客とテンションMAXの実況に武舞台ごと押し上げられているように感じるくらい、初っ端から激しくぶつかり合っていた。

 ニーナの武器はロングソードとショートソードの二刀流。

 威力とリーチのあるロングソードを攻撃に使い、ショートソードで防御する。

 攻撃は蛇のように素早く的確にこちらの隙を狙っており、防御は鉄壁でこちらの攻撃がことごとく叩き落とされる。

 それに加えて、決勝まで無傷で上がってきたおかげで体力も十全。

 地力的には僕の方が不利だった。


「くだらない色仕掛けしなくとも!

 十分強いじゃないか!」

「言ったじゃん。

 別に身売りするつもりなんてないし、使えるものは全部使うって」


 くそっ。負けてたまるか。

 試合に負けて、ニーナは抱けず、レクシーとのデートもおじゃんだなんてたまったもんじゃない。

 ここはいちかばちか、肉を切らせて骨を断つ戦法だ。

 ニーナの攻撃は鋭いが訓練用の剣だ。

 受けても死にやしない。

 一撃もらうつもりで懐に飛び込んで強烈な一撃をお見舞いしてやる!


 覚悟を決めて歯を食いしばり、地面を蹴って突撃する。

 ニーナもここを勝負所と見たらしく、両手の剣で同時に挟み込むようにして斬りかかってきた。

 次の瞬間、僕の体が刃で挟まれ激痛が走る。

 だが、痛みはレクシーの修行で克服済み!

 渾身の力で剣を袈裟懸けに振り下ろす!


 【剣技————豪雷】


 僕の習得した剣技でもっとも威力の高い技だ。

 模擬剣なので死にはしないだろうが、鎖骨は砕け戦闘不能に陥るだろう————と、いう僕の予想とは異なり、


 ボインっ!


「は?」


 まるでトランポリンでも叩いたかのように僕の剣が跳ね上げられた。

 瞬間、柔和なニーナの表情が変わり狡猾な笑みが浮かぶ。


「しまっ!」

「てやああああああっ!!」


 ノックバックしてしまった僕にニーナの二刀流の乱撃が襲いかかる。

 腹に頭に腕に斬撃をくらい、鮮血が飛び散った。


 知識としては知っていた。

 打撃、斬撃を無効化する柔軟で極薄の鎧、スライムアーマー。

 模擬剣を使用する大会において使用を禁止されている防具だが、ニーナはそれをシャツの下に着込んでいる。

 試合前のボディチェックで審判が気づくはずだが…………色仕掛けで買収したは選手だけじゃないってことか!?


 必死で後退し、立て直そうとするがニーナは距離を詰めラッシュを仕掛けてくる。


「気づいちゃった?」

「きっ…………カハっ!」


 あばらが折られて息ができず声も上げられない僕を見てニーナは「狙いどおり」と笑った。

 このままノックアウトされたら糾弾する前にアーマーを脱ぎ捨て証拠隠滅を測るだろう。

 VARどころか録画映像すら存在しないこの大会において敗者の僕がいくら騒いでも勝敗は覆らない。

 思えば、さっき肌を晒したのもシャツの下に変なものを仕込んでいないという意識を持たせるための布石だったのかもしれない。

 完全に策でも上をいかれた。


 敗色が濃厚になり、僕の中で立ち向かう気力が薄らいでいき、反撃の意思が湧かない。

 痛みを和らげるためだけの後ろ向きな防御を続ける。

 一方観客はニーナの猛攻に魅せられ、歓声のボルテージが上がっていた。


「おお〜〜〜〜っと!!

 ニーナの斬撃の嵐にテリウス心が折れたか!?

 もはやなすすべなし!!

 勝利は目前っ!!

 その可憐な手のひらの中に収まろうとしているぅっ!!」


 ニーナの勝利を確信する実況が僕の敗北へのカウントダウンのように聴こえた。


 なんで、こんなに痛くて惨めな思いをしながら立ってなきゃいけないんだろう?

 もう、このまま倒れてしまえば楽になれる————


「命がかかっていてもあきらめるつもりかっ!!

 少年っ!!!」


 歓声も実況もニーナの剣戟すらも切り裂くようにして、僕の耳にレクシーの怒号が飛び込んできた。

 ふと、視界に彼女の姿が入る。

 強く握った拳を見せつけるようにして僕を鼓舞する。


 そうだ。

 この程度の痛み、日常茶飯事だ。

 レクシーの修行は一歩間違えたら死ぬようなことばかりだった。

 彼女がまず最初に僕に叩き込んだのは全身全霊を懸けて戦う心構えだ。


「ガッ……ハッ!!」


 痛みを堪え、カウンターで斬撃を放つ。

 ニーナの豊かな胸もやはりスライムアーマーは纏われており、ダメージにはならない。

 しかし、距離は離すことができた。

 そこにレクシーの檄が飛ぶ。


「生半可な一撃じゃダメだ!!

 思い出せっ!

 思い描けっ!

 お前にとって最高の一閃を!!」


 レクシーはニーナがスライムアーマーを着込んでいることを察している。

 だからと言って声高に反則を主張したりはしない。

 彼女には自信があるんだ。


 自分の弟子が小細工ごとき切り伏せられないわけがないと。


 まったくとんだスパルタ指導者だよ、あなたは…………僕じゃないと務まるわけがない。


 剣を両手で持ち、背中に背負うようにして振りかぶり、腰を落とす。

 レクシーがスローモーションで見せてくれた彼女の必殺剣にして『聖剣技』の奥義。

 僕は聖属性の闘気は扱えない。

 真似られるのは形だけだ。

 だけど、僕にとって最高の一閃はあの一振り。


 迫り来るゾンビの大群に向かって放たれた目にも止まらぬ神速のひと薙ぎ。

 レクシーが息をするように放つあの技を、全身全霊を懸けて再現する。


「頑丈だなあ。

 あんまり長持ちしすぎると、女の子に嫌われちゃうよ!」


 ニーナがロングソードを突き出すようにして迫る。

 僕のショートソードの間合いに入らずして仕留めるつもりなんだろうが僕はあえて一歩前に踏み込む。

 刃が潰れた剣といっても薄い金属の板が掠めた場所は肉が抉れ鮮血が舞う。

 僕の脇腹は内臓がまろび出そうなほどの穴が空くが、死ぬわけじゃない。

 間合いに踏み込んでしまったことに気づいたニーナはショートソードで受け止めようと構えるが————無意味。

 全身の力を刀身に走らせるようにして剣を振り抜く!!


「【極光一文字ノーザンライトもどき】!!」


 闘気によって後押しされた渾身の一閃は光を放ちながら敵を断つ。

 

 真剣でないこと。

 ニーナの防御が鉄壁であること。

 スライムアーマーを身につけていること。


 この条件が揃っていなければ僕はこの技を放たなかっただろう。

 人殺しになんてなりたくないから。


 瞬間、ニーナの構えたショートソードの刀身は真っ二つに切り裂かれ、刀身が脇腹のスライムアーマーに届く。

 スライムアーマーは衝撃を跳ね返そうとするが、それでは足りない。


 ドパァンッ!!


 と巨大な水風船が割れるような音がするとともに、ニーナが纏っていたスライムアーマーは弾け飛び、上に着ていたシャツも一緒に吹き飛んだ。

 ニーナは白目を剥いて剣を取り落とし、武舞台の上に這いつくばる形で倒れ込む。


「————————!!

 ————————————!!!」

 

 実況が大声で騒いでいるようだが、聞き取ることもできない。

 薄れていく意識の中、最後に聴こえたのは、


「少年、君は私の誇りだ」


 と耳元で告げる我が師匠の声だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る