第23話 元童貞、挑発する

 武闘大会の日がやってきた。

 街の広場に造られた特設の舞台の周りは多くの観客で埋め尽くされている。

 出場者である僕たちは大会の主催をしている冒険者ギルドの建物にて大会ルールの説明を聞いていた。

 要約すると、


 ・勝ち上がりのトーナメント制

 ・試合時間は最大5分とし、膝をついたり武器を取り落としたりすれば負けとなる。

 ・相手を殺したり、殺そうとしたものは失格となる。

 ・武器はギルドが用意した訓練用の剣や槍を利用することとする。

 ・上位四名には賞金とともにCランク冒険者の認定証を授与する


 以上である。

 僕的にはモテ男に吠え面かかせるための場だったのだが、思いの外この大会の注目度は高く、参加者も20人近くいるとのことだ。

 冒険者ギルドに登録している人間は参加できないが、幼少の頃から武芸の稽古をしている者や街で有名な荒くれ者など腕自慢が集っているらしい。

 屈強な男たちの中に混ざると線の細い美少年の僕の姿は悪目立ちしていることだろう。


「大したやつはいないな。

 ニーナとミーナさえ倒せば優勝間違いなしだ!」


 ガハハハ、と笑い全参加者のヘイトを稼ぐマイマスターことレクシー……


「マジでやめてください。

 みんな本気になっちゃうじゃないですか」

「何を言っているんだ。

 全力の相手を倒さずに優勝しても私は認めんぞ」


 このアマぁ……と怒りにふるえる男たちも相手がレクシーだと分かるとそっと目を逸らし、弟子である僕に敵意の視線を注いでくる。

 油断してくれるのを期待していたんだけどなあ。


 と、僕が情けないことを考えていると、


「ちょっと! どういうことですか!? 先生!!」


 聞いた覚えのある声がしたのでそちらを向くとモテ男とミーナとニーナがいた。

 モテ男と二人の弟子はテーブルを挟む形で向き合っているが、何やらミーナは怒っているようで机に手をついて立ち上がっている。


「だから、言ったとおり。

 この大会で優勝できなかったら破門だって。

 これくらいのメンツだったら当然だろ?」

「優勝が条件じゃ私かニーナどちらかは破門されちゃうじゃない!

 そんなのおかしい!」

「お前さ、なんか勘違いしてないか?

 俺はお前らのためだけにいるんじゃない。

 より多くの才能の原石を磨き上げて一人前の戦士にするのが俺の役目だ。

 育てられる数は限られているんだから才能のない奴が枠を譲るのは当たり前だ」


 冷たく言い放つモテ男。

 その様子はまるで別れ話をするカップルのようで戦いを前に昂っていた会場に変な空気が漂ってしまう。

 涙目のミーナ。

 一方、ニーナはというと、

 

「いいよ。その条件ならあたしが残るだろうし」

「ニーナ!? あんたっ!?」

「先生は一人。先生の〇〇〇〇も一本。

 二人じゃ余っちゃうっていつも思ってたもん」


 人を食ったような笑顔でミーナを挑発した。

 すると、モテ男は笑った。


「ハハハ、戦う前から勝負が決まっちまったな。

 ミーナ。お前は破門だ。

 二度と俺の前に顔を見せるな」

「先生っ!?」

「悔しかったら優勝して見返してみろよ。

 もっとも、こんなことで取り乱しちまうようじゃニーナには勝てねえだろうな。

 ま、抱き心地はそこそこ良かったから適当に良い男捕まえられると思うぜ」

 

 プルプルと肩を震わせながらミーナは建物から出ていった。


「いつものことだ。

 アイツは飽きた女には恐ろしいほどに冷たい。

 新しく好みの女でも見つけたんだろ。

 アイツ弟子にしか手を出さないらしいし、入れ替えの時期なんだろうなあ」

「新しくって……そんなホイホイ弟子入り希望の女なんて見つかるものですか?」

「まあ、この街は大きいし、よそからの流れてくるやつも多いからな。

 奴隷のように働かされていた農家の娘や人買いに買われた娘なんかが娼婦に身をやつすなんてのはよくある話だ。

 ま、身持ちの固い女は冒険者ギルドの門を叩いて、冒険者に弟子入りすることもある。

 私もその口だしな」


 サラリと言ってのけたレクシー。

 そう言えば元は良い家の生まれだったんだよな。

 ミーナとニーナもハッとするほどの美少女だ。

 娼婦に身を堕とす手前であのモテ男に救われたのならばアイツに惚れ込んだのも分からなくはない。


 だが、やっぱりあのモテ男は許せない。


「ヤリチン野郎は大したもんだ!

 こんな大勢の前で大恥かいているのに平然としてやがる!!」


 僕は大声でそう叫ぶと、モテ男はギロリと僕を睨みつけてきた。


「またオマエか……

 相変わらず口だけは威勢がいいなぁ」


 レクシーは「やめておけ」と言うが無視してモテ男に詰め寄る。

 コイツが恥知らずなのは十分承知だ。

 腕が立つ指導者だろうが女癖が悪いと後ろ指さされようが気にすまい。

 だが、ミーナは違うだろう。

 まだ10代の女の子が師匠との間の肉体関係が公に知られていることは恥ずかしいものだったはずだ。

 それでも関係を守るために目を瞑り続けていた。

 にも関わらず、コイツは衆人環視の前で別れ話を切り出した。

 二人の関係を知る人の頭には「ヤリ捨て」という言葉が浮かんだことだろう。

 弟子として育て、あまつさえ関係を持っていた女の子に恥をかかせて……僕の中の正義感、いや美学にもとる!


「お前は腐ったみかんだ。

 お前が臭いにおい撒き散らしてゴミのように捨てられるのは仕方がない。

 だがな、お前のせいで周りの人間が腐るのは見ていられない。

 女ひとり大切にできない奴が一丁前に女抱くんじゃない」

「ほーう。分かったようなこと言うんだな。

 だが、俺はこの街の連中に求められている。

 冒険者ギルドからは俺がいるから優秀な人材を送り込んでもらっている。

 学も後ろ盾もなく身を売るしかない女たちは俺に力を授けてもらっている。

 お前の言っていることは的外れだ」


 モテ男は勝ち誇るように言い放った。

 事実そうなのだろう。

 だからこそここまで増長し、歯止めがきかないクソヤリチン野郎となったわけだ。


「俺が好き勝手やれるのは有能だからだ。

 いちいち僻んでくるなクソガキ」

「僻みっぽいのはどっちだよ」

「なんだと?」

「ヤリチンぶってる割に弟子の女にしか手を出さないらしいじゃないか。

 普通女好きなら女なら貴賤を問わず抱こうとするものだ。

 自分が完全に優位に保てる相手じゃないと不安でおっ勃てることすらできないんじゃないか?」

「っ……!?」


 図星だったのかモテ男は言葉を失った。


「なるほど。

『女に冷たいクソヤリチン野郎』と思われるのは嬉しいけど『自分に言い返してこれない弱い立場の女にしか股を開かせられないビビリのご主人さま』と思われるのは恥ずかしいみたいだな」

「……殺すぞ、クソガキ!」


 モテ男は顔を真っ赤にして立ち上がり、僕に迫った。

 しかし、レクシーが間に割って入る。


「試合の前だ。

 弟子に怪我させられては困る」

「……チッ」


 モテ男は舌打ちしながらも席に戻る。

 レクシーは「やりすぎだ、少年」と僕に耳打ちをしてきたが、どこか気分良さげな声音に聴こえた。

 そのやりとりを見ていたモテ男は捨て台詞を放つ。


「Aランク冒険者のレクシー様に随分甘やかしてもらっているんだな!

 大会なんて出ずに家で師匠のおっぱいでも飲ませていろ!!」


 なんだと!?

 

「おいっ!

 こんなタイミングで魅力的な提案をするな!」

「挑発してんだよ!!

 頭と耳どっちがおかしいんだ!?」


 レクシーとおっぱい。


 並ぶと破壊力がすごいコンボだ。

 無条件で興奮してしまうじゃないか。


「鼻の下伸ばしながら赤面するな!

 レクシー! お前弟子にどういう教育してるんだ!!」

「お前に弟子の教育について言われる筋合いはない」


 僕がケンカをふっかけた時の緊迫した空気はいつしか緩んでおり、周りの出場者たちは僕たちを見て笑ってさえいた。

 そこに、大会の運営から試合の開始準備の号令がかかった。

 僕はレクシーに背中を叩かれて建物を出て武舞台に向かう。


「一回戦、第一試合!

 Aランク冒険者にして『聖騎士パラディン』の天職を授かりし戦女神レクシーの弟子にして唯一の生存者————テェリウスッ・ブゥアアアアアアアジニアァアァァッ!!!

 対するは、殺し以外のほとんどのことはやってきたスラムの悪童————」


 大仰しい名乗りが実況者から行われると集まった観衆が湧き立つ。

 しかしなんだ僕の二つ名は……ま、いいや。

 

 目標は優勝。

 そして、モテ男に吠え面をかかせる。

 すでにさっきちょっと前払いしてもらった感はあるが————


「試合、はじめっっ!!」


 髪の毛を丸刈りにした人相の悪い男が棍棒を振りかぶって僕に迫り来る。


「死ねえええええええっ!!」


 二つ名のとおり、ルールすら覚えようとしない姿勢が窺える一撃。

 その一撃が振り下ろされるよりも早く、僕は相手の鳩尾を掌底で打ち抜いた。

 スラムの悪童とやらは白目を剥いてその場に崩れ落ちると、会場は静まり返った。


「しょ、勝者!

 テェェェリィィィイウスゥゥゥゥ!!!!

 瞬殺だアアアアアアアッ!!」


 我に返った観客たちは喝采を上げる。

 こんな大歓声を浴びたことなど今までに一度もない。

 だが、思ったより落ち着いていて、たとえるならヌいた後のティッシュを片付ける時のように冷静だった。

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