第22話 元童貞、厳しい修行の果てに

「この崖の上から小石を落とす。

 これを捕まえるんだ」

「はい! 師匠!」

「ただし、別のものも落とす。

 当たると痛いぞ」

「……はい、師匠」


 嫌な予感しかない。


 ポイっ、とレクシーは下手投げで小石を放つ。

 高い放物線を描いて小石は比較的ゆっくりと落下してきた。

 あの小石を掴めれば成功。

 ……だが、弟子として過ごしたこの20日あまりの経験則で僕は小石ではなくレクシーの動きに注視していた。

 すると、レクシーは背後から何かを取り出して僕に向かって投げつけてきた。

 咄嗟に身体を横に動かすと、さっきまで立っていた場所に剣が突き刺さっていた。


「良くぞ避けた!

 うん。修行の成果が出てる!」

「……どうも」

「では本番だ!

 魅せてみろっ!!」


 レクシーが次から次へと剣を投げつけてくる。

 その威力は凄まじいもので当たりどころが悪ければ即死してもおかしくない。

 それらを紙一重でかわすも余裕なんて一ミリもない。

 ただ、彼女はやはり武芸の達人であるわけで投擲される剣の速度は僕が全力で集中していれば紙一重で避けられる程度に調整している。

 限界まで能力を振り絞らせてその限界を越えさせるというのが彼女の修行方針なのだが我ながらよくついていっていると思う。


 ザクぅぅっ!


「いてっ!」


 ヤバい、余計な思考をしていたら剣が掠めた!

 鍛錬場で使い潰された剣を持ってきているのだろう。

 切れ味が皆無だったおかげでダメージは少ない。

 だが、うっかりまともにくらえば致命傷になりかねない。


 そもそもこの修行はかなり理不尽である。

 僕は必ず小石を取りにいくのだからその瞬間を狙って剣を投げられては回避の余地がない。

 そしてレクシーは成功体験を与えるための手加減の類は一切しない。


 つまり僕は彼女の予想を超える動きをしないかぎり、この修行はクリアできないというわけだ。


 七本目に放たれた剣を避けた瞬間、視界の端で小石を捉えた。

 既に地上まで5メートルの高さまで落下しているが十分に間に合う距離だ。

 だがここで落下地点に移動して捕球体制を取ればレクシーは容赦なく僕を狙い撃つ。

 よって、最適解は「避ける動き」と「小石を取りにいく動き」を分けるのではなく、同時に行う!

 

 僕は地面に突き刺さった剣を抜き、右手に持った。

 そうしている間に小石は既に地面まで1メートルの高さに落ちてきている!

 このタイミングだ!

 

 野球の守備職人のようなダイビングキャッチを敢行!

 すると、狙い通り目一杯伸ばした左手に小石が飛び込んでくる。

 だが、レクシーが投擲した剣が僕の腹部を目掛けて飛んできた。

 

 宙を浮いた体は方向転換などできず避ける術はない————だからっ!!


 ガキィーーーン!


 手に持った剣で投げつけられた剣を斬り払った、

 払われた剣は上空に跳ね上がって僕からどんどん離れていく。

 そして、剣を握っていない方の左手に小石が収まった。


 目標達成!!


 と思った矢先、


「あまいっ!

 小石を取ったからって剣を放つのを止めるとは言っていないぞ!」


 と言わんばかりにレクシーからダメ押しの投擲が放たれていた————


「でしょうねえええっ!!」


 僕は再び飛んできた剣を斬り払う!

 ボロボロの刀身同士がぶつかり合いガラスのように儚く折れた。


 再び僕が崖の上を見上げると、レクシーは満足そうに腕組みしたまま崖を飛び降りてきた。


「見事だ。まさかここまで完璧に切り抜けるとは……」

「できなきゃ死ぬんで」


 必死も必死だよ。

 持てる能力の限界まで振り絞るだけじゃ足りず、咄嗟の機転や直感や運がハマらないとクリアできない目標を課せられて朝から晩までシゴかれているんだ。

 スパルタなんて言葉じゃ生ぬるい。


「しかし、嬉しい誤算だ。

 年齢の割に高い身体能力やモンスターに立ち向かう勇敢さは見込み通りだが、思っていた以上に戦闘中に頭が回る。

 これならアイツの弟子たちとも勝負になるかもしれん」

「ミーナとニーナのことですか。

 勝てるじゃなくて勝負になるって言うなんてことは、アイツらって強いの?」

「強い。二人とも冒険者ギルドに所属してこそいないが、腕試しに戦ったCランクの冒険者を圧倒した。

 今度の大会はギルドに所属している者が参加できないから、間違いなく優勝候補だ。

 悔しいがアイツは指導者として才能があるんだろうな。

 以前に弟子にしていた女達もBランク以上の冒険者になっていたり、王都の騎士団に入団した者もいる」


 ただのヤリチンというわけじゃないってことか……

 僕も強くなってきているのを実感している。

 とはいえ、この間ゾンビと戦った時に感じたような湧き上がる力の変化を感じているわけでなく、技や思考といったテクニック的な強さが身についたという印象だ。

 レーサーで例えるなら乗るクルマは変わっていないがドリフトや駆け引きが上手くなった、みたいな感じだ。

 

 ふとレクシーの方を見やると彼女の表情は曇っていた。


「あの〜、師匠。

 どうかしました?」

「いや、自分の指導者としての才のなさを感じているんだ。

 キミのように優秀な逸材を弟子にとっているというのにしかるべき成長をさせてあげられていない。

 本来ならそろそろレベルが上がってもおかしくないんだ。

 なのにその兆しが一向に見えない」

「レベルアップ……ですか」


 それができればミーナとニーナにも勝てるんだろう。

 この厳しい修行もそれを見込んでのことだろうけど、僕は期待に応えられてない。

 多分、それはレクシーの指導が悪いというよりも僕が『ヤリティン』なんてトンチキ天職を授かっているからだろう。

 どう考えても戦闘向きの天職じゃないもんな……

 彼女が僕の天職を知ったら失望して弟子をやめさせられてしまうんだろうか。


「なあ、大会まであと10日もないが、今からでも私の知り合いの腕が立つ者に指導を受けに行ってはどうだろう?

 教えかたが変わればキミも」

「僕は師匠の弟子です。

 あなたの眼鏡にかなわないと言うなら去りますが、僕のためだと言うなら修行を続けてください」

「えっ…………」


 僕の反応を意外と思っているんだろう。

 実際、僕だって最初は修行なんて乗り気じゃなかった。

 あのモテ男に吠え面かかせてやりたいくらいの動機で始めたものだ。

 死ぬほど痛くて苦しい思いをさせられていて反発がないわけではない。


 ……だけど、戦いの中では鬼神のように強い彼女が、同門の兄弟子には容易く言いくるめられるくらいに不器用で弱いところもあって、無茶な修行を強いてはいるがその根底には弟子を強くしたいという一途な想いを持っていて、そういうのを全部ひっくるめて僕は彼女を好ましく……好きになってしまったんだろうと思う。


「僕はあのモテ男に吠え面をかかせてやりたい。

 そのためには師匠の指導であのバカ女弟子を倒さなきゃいけないんです。

 どうか、ご指導ご鞭撻をお願いします」


 深々と頭を下げる。

 レクシーは最初はポカンとしていたが次第に笑顔を取り戻していった。


「本当にキミという少年は……分かった。

 ともに勝とうじゃないか!

 私もいい加減あのバカ兄弟子に愚弄されるのも終わりにしたいからな!」


 白い歯を見せて笑う。

 彼女の願いを叶えるためにも、強くなりたいと思う。


「なあ、もしキミがあの二人を倒して大会に優勝したら何かご褒美をあげようと思うんだが、なにがいい?」

「ごっ、ご褒美……っですかっ!?」


 思わず息が詰まった。

 ……年上のお姉さんにご褒美って言われるの破壊力高いな。

  

「なんだ? そんなに驚いて。

 私だって頑張った弟子の戦果を労うくらいの器量はある。

 これでもAランク冒険者だからな。

 遠慮なく言ってごらんよ」


 遠慮なく言ってしまったらドン引きされそうなので言えないが……とはいえこんなチャンス滅多にない。

 ここは、


「じゃあ、大会の翌日に慰労会と言うことで一緒に遊んでください!」

「遊ぶ?」

「たとえば街を歩いて買い物したり、見せ物を見たり、食事したり、そういうことをやりたいです!

 師匠と一緒に!」


 デートのお誘い、なんだけどレクシーは小首を傾げている。

 そんなので良いのかと言わんばかりだ。

 彼女からすれば僕なんてほんの子供だしな。

 悔しいが色気たっぷりのモテ男に初めてを捧げているわけで、それと比べられては分が悪い。


「……そんなのでいいのか?」

「それで十分です!」


 デートには嫌な思い出がある。

 初デートがケイティに騙されて身ぐるみはがれた悲しい思い出が。

 それを上書きしたいというのもある。

 あと、僕が本気で『ヤリティン』の能力を使ってレクシーを口説いてしまっては強制催眠的な感じで抱くことができてしまう。

 そうじゃなくて、じわじわと丁寧に彼女との関係を積み上げていきたいのだ。


「よく分からんやつだなあ。

 ま、構わんが」


 言質を取った。

 これで修行にも身が入ろうというものだ。 

 

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