第21話 元童貞、後悔する

『来月に行われる武闘大会にて決着をつけられたし。

 貴様と我が弟子ニーナとミーナ。

 より上位に立てた方が勝ちとする。

 なお、負けた者とその師は即刻この街から出ていくべし』


 モテ男は即席の挑戦状をしたためると僕に投げつけてきた。


 彼らが去った後、閑散とした店内には僕とレクシーだけしかいない。


「……ああ、すみません。

 大事にしたくはなかったんですけど、あいつの態度と言動がムカついて……」


 言い訳がましく恨み言と責任転嫁を始める僕……

 みっともない行動のはずだがレクシーは笑い飛ばすようにして僕に語りかけてきた。

 

「キミはあたしの見込んだ以上の男だったみたいだ

 不躾に弟子入りを懇願してすまなかった。

 あいつに言われたとおり、Aランク冒険者と持て囃されていても実情はこの通り、つまらない女だ」

「あなたは……つまらない女なんかじゃないですよ

 あのモテ男がヘタクソで悦び方を教えてもらえなかっただけです」


 性を語れるほど経験があるわけじゃない。

 だけど、命の恩人が受けた侮辱を拭うためならば知ったかぶりなんていくらでもする。

 それに心から、


「僕はあなたを美しいと思うし、叶うことならお相手させていただきたい!」

「あ、相手って……それはいくらなんでも早すぎるだろ」


 戸惑うレクシーの表情に僕は隙の糸のようなものを見つけた。

 これは押せばいけるヤツだ。


「時間なんて関係ない!

 初めて会った時から僕はあなたに憧れていた!

 あんなクソ雑魚ヤリチンなんて一瞬で忘れさせてやる!」


 そう言って僕は彼女の手を両手で握った。

 瞬間、身構えるように身体を強張らせたレクシーだったが、


「そこまで言ってくれるなら……一回だけだぞ」


 と、満更でもない様子で受け入れてくれた。



「ドリャアアアアアアアアッ!!」

「オラオラオラオラオラオラ!!」

「キエェェェェェイイイッ!!」

「チェストオオオオオオオッ!!」


 ……僕が今いるのは甘く香る汗が飛び散り切ない喘ぎ声が響くベッドルーム、ではなく雄汁が撒き散らされ獣が吼えるような掛け声が飛び交う鍛錬場だった。

 もっとも道場や体育館のような屋内施設ではなく、町はずれの空き地をそう言い張っているだけの粗末なものである。

 その場所で僕は木剣を握らされてレクシーと対峙している。


「さあ、どこからでもかかってこい!」


 モテ男にやり込められていた時とは打って変わり、水を得た魚のように溌剌とした顔つきのレクシー。

 トレーニングウェアと思われるピッタリとしたタンクトップに捩じ込んだアスリートボディが眩しい。


「相手って……そういう意味じゃなかったんだけど、まあいいや」


 あのモテ男に吠え面かかせるためには強くならないといけないんだ。

 それに強くなればこの殺伐とした世界を生きる大きな助けになるだろう。

 悪漢から美女を守るヒーロー仕草もできるようになるかもしれないし、筋トレと同じくらいやって得することしかない。


「じゃあ、いきます!

 うおおおおおおっ!」


 僕は剣を脇に構えながらレクシーに向かって突っ込む。

 どうせ受けられるかかわされるかするんだろうから遠慮せず全力で————


 ズドッゴオオオオオオオオオンッ!!!


 車にはねられたような衝撃が突然脇から襲ってきて僕の体は小石のように派手に吹っ飛んだ。

 地面に叩きつけられても勢いは止まらず、体でトラクターのように地面を何メートルか耕してから止まった。


「あまいあまい!

 敵がボーッと突っ立っているわけがないだろう!

 稽古は実戦のつもりでやれ!」

「ガ……ハッ…………!」


 いやいやいや、ここは弟子の全力をいなしたり受け止めたりして力量を図ったりするシーンじゃないの!?

 なにこの女、いきなり弟子を壊してるの?!

 痛みが体の中から全身に生きたわって死にそうなのに叫び声も上げられない……死ぬ…………


「いかん。強くやりすぎたな。

『人よ命の火に薪をくべよ————【オン・ヒール】』」


 レクシーが治癒魔法を僕にかけた。

 ミアが使ったじっくりと傷を直すそれとは異なり、失われた肉体の部位を治すために時間を早送りするかのような治癒魔法。

 当然、痛みも短時間に濃縮されて襲ってくるわけで前世の死を遥かに上回る激痛に襲われた。


「ぎゃああああああっ!! 死ぬっ!

 なにこれ? 拷問!?」

「人聞きの悪いことを言うな!

 いいか、死ぬこと以外はかすり傷だ!

 成長とは苦痛を乗り越えた先にあるものだ!」


 意識高い系の大学生みたいなことを他人に強要させる鬼教官……あかん、絶対この人弟子とか持たせたらダメな人だ……


 僕は彼女への弟子入りを後悔した。

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