第16話 元童貞、出逢う

 我ながら大したものだと思う。

 前世も今世もケンカすらしたことがなかったのにゾンビの群れを手玉に取って、ものすごく怖い青白ババアもやっつけたのだから。

 野蛮かもしれないが自分の力で敵を倒し窮地を脱することは味わったことのない気分の良さを教えてくれた。

 この快感をもっと味わうために強くなりたいと思ってしまうくらい。


「ま……とりあえずはこの森を出るかね」


 自分に言い聞かせるようにして馬の方を向く。

 すると馬の方から僕に近づいてきた。

 決死の脱出劇を経て友情が芽生えたのだろうか

 灰色の瞳に僕を映し、その口を大きく開けて————噛みつこうとしてきた!?


「うおおおおっ!?

 えっ! ちょっ!

 なんなんだよ!

 そんなベッタリとしたスキンシップ求めるタイプ!?」


 馬の噛みつきを避けながらその体を観察していると腹のところに噛まれたような跡が見られた。

 位置からして後ろから追いかけてきたゾンビじゃない。

 青白ババアを避けようとした時、噛まれていたのか?


 その考えに至った時、僕はゾッとした。


「もしかして……ゾンビ化してらっしゃる?」

「ガアアアアアッ!」


 明らかに健康な馬の鳴き声ではない。

 コイツはすでにゾンビ馬になってしまっている。

 マズイ。

 あの人間型ゾンビと同じ仕様ならコイツは全速力で走ることができる。

 時速60キロで走りゾンビウイルスを撒き散らすバケモノ……完全にモンスターじゃないか。

 逃げることはできない……やるしかない!


 ゾンビ馬の噛みつきを避け、右側に回り込み、前足をナイフで削ぎ落とす。

 パターン入ったゲームのようにそれを繰り返すとゾンビ馬の左前脚は折れ地面に横たわりのたうち回るようになった。

 

 上手くいった。

 だが、最悪な状況に陥った。


 馬なしにこの森を抜けなくてはならない。

 聞いた話ではこの森はゾンビこそイレギュラーだがモンスターが多数棲息している。

 夜間に一人、なんの準備もなく野宿していいような場所じゃないが、徒歩で脱出できるだろうか。


 そして、最悪な状況はさらに最悪な状況に推移する。


「グガアアアアアアッッッ!!」

「……来ちゃった」


 僕が牽引してきたゾンビの集団が追いついてきた。

 狙いどおりほぼ全員が脱落せずに付いて来させられたのだろう。

 そういう意味では僕は最善の仕事をしたと言える。


 ゾンビ馬や青白ババアを切ったナイフはもう限界。

 残った武器は馬車からもらってきたフライパンくらい。


 また、木の上に逃げる?

 いや、ジリ貧もいいところだ。

 さっき馬車が立ち往生したところよりも森の奥深くにいる。

 救助は期待できない。

 それどころかふとっちょ達が街にたどり着いた後、この森自体が封鎖されるかもしれない。

 ゾンビが何十匹もいる森とか危険すぎるもんな。


 ……しかし、この世界でゾンビの対処ってどうやっているんだろう。

 軍隊を連れて行っても一人噛まれたら一気に感染が広がる。

 隔離して飢え死にや共食いを待つしかないんだろうか。


「……ま、それは僕が考えることでもないか」


 フライパンを握る手に力を込める。

 必勝法がない以上、全力で真っ向勝負するしかない。


 物事はポジティブに考えてみよう。

 ちょっと荷運びしたくらいでこれだけ体が動くようになったんだ。

 さっきの青白ババアやゾンビ馬との戦いも経験値として蓄積されているはず。

 そして、今迫ってきているゾンビの集団なんて経験値の宝庫だ。

 数で押し潰されるより前にレベルを上げて返り討ちにしてやる。


 ……だいぶ皮算用だとは自分でもわかってるけどね。


「よっしゃ! かかってこいやあああああ!!」


 自分自身を鼓舞するため声を上げた。

 ゾンビ達は釣られるように僕に向かってきて————————


「威勢がいいな。少年」

「へっ!?」


 誰もいないはずの僕の隣から女の声がした。

 音を立てずに歩き、ゾンビ達から僕を隠すように立ち塞がったのは背の高い女の人だった。

 後ろ姿なので顔は分からない。

 だがその出立ちは女戦士のようでへそよりも上を守る軽量化された鎧を身につけており、金色の髪を三つ編みに結んで背中に垂らしている。

 布で隠されていない腹回りや二の腕は男顔負けに引き締まっており、見るからに強そうだ。


「お料理道具でゾンビに立ち向かうなんて最近の子どもは変わった遊びをするんだな」

「遊んでないよ!

 ちゃんと他の人を守って青白ババアやゾンビ馬を倒したんだ!」


 ムキになって反論すると、その女の人は振り返った。


「分かってるよ。

 ここまでよーく頑張った。

 あとはあたしに任せておけい」


 ニッと歯を見せて目を細めて笑いかけた彼女。

 はすっぱな喋り方や逞しい身体が似合う派手な顔立ちの美人だ。

 颯爽とした登場も相まって、イケメンに笑いかけられた女子のように胸がドキッとした。

 

「い、いや、いくらなんでもこの数相手に一人じゃ」


 参戦の意思を示そうとしたが、彼女は僕に背を向けて右腕を大きく横に振る。

 振り切ったその右手にはいつの間にか長剣(ロングソード)が握られている。

 さっきの現れ方といいマジックみたいなことばかりする女だなんて考えていたら……

 

 ポロッ、ポロッ、ポロッ、ポロッ……

 

 迫ってきたゾンビの集団の前列にいたヤツらの首が一斉に転がり落ちた。

 まだ剣の間合いには3メートル以上ありそうなのにもかかわらずだ。

 落ちた首と動かなくなった身体が地面に転がり、それに足を取られたゾンビの集団はつんのめって倒れる。


「よーく見とけ。

 モンスターを倒すってのはこうやるんだ」


 女性はフワリと浮かぶように地面から離れ、ゾンビの群れに突っ込んでいく。

 目にも止まらない速さの剣閃が音もなくゾンビ達を切り刻み、その機能を完全に停止させていく。

 スプラッタ映画さながらの光景なのに高速の剣技から発される斬撃は血飛沫を立てず、返り血を浴びることもない彼女。

 剣と踊るように戦う彼女の姿は美しく、僕の視線はずっと奪われ続けていた。

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