第8話 童貞、拾う神あり
意識が戻った時、僕の体は柔らかいベッドの上に横たわっていた。
傷だらけだったはずの体は何事もなかったかのように癒えており、わずかな倦怠感を残すだけ。
ランプの光に壁が淡くオレンジ色に照らされていることから夜はまだ明けていないと思うが、ここはどこだろうか?
「気がつかれたようですね」
少しハスキーな女の声……抑揚の少ないその喋り方には聞き覚えがあった。
「ミア…………か?」
「はい。三日ぶりですね。
ヤリティンの天職を授かりし、英雄の子よ」
僕の零落の原因を作った張本人、鑑定士ミアだ。
まさか二度も会うことになろうとは……
しかもこのような形で。
「何の……つもりだ?」
「行き倒れている子どもを救わない理由がありましょうか」
「そういうことを聞いているんじゃない!」
僕は身体を起こし詰め寄ろうかと思ったが、薄い布団の下の僕の体は全裸である。
すんでのところで止まり、上半身を起こすにとどめた。
「治癒魔法がしっかり効いたみたいですね。
すっかり元気なようで」
「……助けてくれたことはありがたいが、元はと言えば全部お前のせいだ」
睨みつけてそう責めたが相変わらずミアはマスクで顔を隠している。
その表情を窺い知ることはできない。
「たしかに、私があなたを鑑定しなければ天職を知ることもなく、お父君はあなたを追い出しはしなかったでしょう。
ですが、遅かれ早かれあなたの運命は決まっていました。
鑑定の儀は領主にとってこれ以上ない人材発掘の機会。
加えて子どもの才能を伸ばしてやりたいと思うのは普遍の親心。
私が来なくとも、別の鑑定士によってあなたの天職は暴かれておりました」
「そうかもしれないが……
八つ当たりくらいさせてくれよ」
ほんのわずかな間に持っているものを全て奪われ、危うく命まで落とすところだった。
いや、今だって詰んでいる。
家を出たその日のうちに色香に騙され家宝の剣まで失ってしまうなんて失態どころの騒ぎではない。
父上に知られたら今度こそ本当に勘当されてしまうだろう。
想像するだけで恐ろしくて顔がこわばってしまう。
「挫折も困難もなく大成した英雄などおりません。
あなたはまさにその道を歩み始めたばかりではありませんか」
「まだ英雄だなんだと言うか……
じゃあ聞くが、この『ヤリティン』という天職は結局どういう能力に目覚めるんだ?
本来、鑑定の儀はその天職の特性を本人に教え、それを長所として伸ばすために行われていたものだろう」
「たしかに『戦士』『魔法使い』といった職業や『勇者』『賢者』といった称号の名を冠する天職であればお教えできることはありますが、『ヤリティン』のような特定の人物の名を冠する天職については前例が無く、鑑定士と言えどその名前以上の情報は知ることができないのです。
ですが、間違いなく言えていることは神殺しまでした英雄の天職が無能なわけありません」
「なんだよ……それ」
もしかするとヒゲ面はちゃんとチートを授けてくれたかもしれない。
だがその使い方が分からなければ持っていないのと同じだ。
どうしてご褒美として始めた第二の人生なのにこんな不親切設計なんだ。
僕が布団を握りしめて俯いていると、ミアはそっと近づいてきて僕の肩に手を置いた。
「お力になれず申し訳ありません。
ですが、それで良かったとも思っています」
「良かっただと?」
「はい。天職を授かった者はすでに確立された才能の育て方を踏襲して自らを鍛え上げます。
『戦士』は魔法を学びはせず、『魔法使い』は剣を使えるようになろうとはしない。
確かにそれは強くなる近道ではありますが、そうやってたどり着いた強さは既知の強さに留まります。
英雄とは未だかつてない危機を退けることができる者です。
その力は地図やレシピを片手に歩む道のりでは得られるものではないはずです」
相変わらず体温の低い喋り方をしているが、その言葉には熱があった。
神に仕える聖職者が持ち歩く神の教えではなく、彼女自身の理想や持論なのかもしれない。
それは、腐りかけていた僕の頬を叩くには十分な言葉だった。
僕はどこかで今回の生を舐めていた。
二回目だから、ヒゲ面にチートを約束されていたから、親ガチャ当てて優等生ムーブが上手く刺さったから、とゲーム感覚で上手く運ぶ人生をプレイしていた。
だがそれは甘かった。
この世界の人間たちは皆生きている。
それぞれが心を持ち、善行も悪行も必死で行われている。
ならばこの世界で生き抜くために僕ももっと本気にならねばならないのは当然のことだ。
『ヤリティン』がどれだけ恥ずかしい響きの天職であろうと、ヒゲ面とミアを信じるのであれば本気で信じ、チート級の力の使い方を一つ一つ解き明かしていくしかない。
「火が灯ったようですね」
「おかげさまで、ありがとうございます」
僕が謝意を示すと「クスッ」とミアのマスクの下から小さな笑い声が聞こえた。
その仕草は実にコケティッシュで僕は今、女性と二人きりでいることを思い出した。
全裸の僕を運んだのであれば至る所を見られているのだろう。
そう考えると思わず、情欲が張り詰めた。
「ではおやすみなさい。
明日の朝、何か着るものをご用意します。
それくらいのお世話はさせて————」
「じゃあ、もうひとつお願いがあるんだが」
僕はミアの手首を掴み、隠されていない瞳をジッと見つめる。
「童貞を奪ってくれないか」
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