第7話 童貞、失う

 街の中央部から少し離れたところに古い集合住宅の集まる地区があった。

 あたりはすでに夕闇に包まれていてしっかりは見えなかったが、あまり雰囲気のいい場所ではない。

 路上に転がる浮浪者や目つきの悪い男達がジロジロとこちらを見ている。

 ケイティのように若い女性が歩くには危険すぎる場所だ。

 こんなところに住んでいるのかと思うと、どうにかしてやれないものかと思ってしまう。

 貴族ではなくともお金を稼げる仕事はあるし、僕には現代日本で蓄えた知識もある。

 ケイティのためにできることはないか、ってそんなことばかり考えていた。


「着いた。ここだよ」


 ケイティの部屋の前に辿り着いた。

 すると、頭の中が卑猥な妄想で埋め尽くされた。


 僕はこのあとセックスをするかも知れない!


 前世から数えて42年、ついにその時がやってきたのか!?


「あ、あのさ。ケイティ。

 君から見たら僕は子どもだし、弟のように思って可愛がってくれているのかも知れない。

 だけど、僕はちゃんと男だし一緒の部屋に泊まったらさ」

「いいよ。なにしたって。

 私は最初からキミのこと良いなあ、って思ってたから」


 殺し文句と共にケイティは僕の腕に胸を押し付けてきた。

 見てるだけで満足していた巨大な果実が僕の口元に差し出されている。

 ちょっと展開が早すぎるし!

 なんだか都合良すぎる気がするけど!

 気にすることはない!

 行こう!

 

 ガチャリ、とケイティがドアを開けて、


「入ってイイよ」


 と耳元で囁いてきた。

 僕はフラフラと部屋に入る。

 すると、一人暮らしのはずの部屋にランプの灯りが灯っていた。


「あれっ?」と思うより早く、ケイティは僕の背中を突き飛ばしドアを閉めた。


「ケイティ!?」

「……アハハハハハハハ!

 すけべなことばかり考えてるガキとかチョロいわ〜〜〜!」


 ケイティの雰囲気がガラリと変わってけたたましい笑い声を上げた。

 と同時に部屋の奥から色黒の大男が現れた。


「おいおい。今日の獲物はこんなガキかよ」

「大丈夫。たっぷりお金も持ってるのは確認済みよ」


 大男とケイティのやり取りを聞いて、僕は自分が嵌められたことを察した。

 急いで逃げようとしたが、大男に首根っこを掴まれると床に叩きつけられ、脇腹に蹴りを叩き込まれた。


「ぐあっ! い……痛いっ!」

「当然だ。痛くしてるんだよ。

 逃げる気がなくなるようになぁっ!」


 大男は遠慮なく蹴りの雨を降らせてきた。


「ヒィッ! や……やめてください! お願いします! お願いします!」


 泣きながら懇願したが暴力は止まらず、結局僕が声すら上げられなくなるまで痛めつけられた。


「へっ。根性のねえガキだぜ」

「そうねえ。『天職』持ちだなんて言ってたから手こずるかと思ってたけど」


 そうだ、『天職』だ。

 ヒゲ面はチートを授けてくれるって言ってたじゃないか。

 なのになんで僕はこんなに弱い…………ヤリ⚪︎ンなんて強いわけないか。

 あーもう、だったらなんなんだよ、この天職。

 今回の人生もろくなことがない……


 それから大男は抵抗する意思を失った僕を文字通り身ぐるみ剥がしてきた。


「ほう。たしかにガキのくせに金持ちじゃねえか。

 それにこの剣……ずいぶんな業物だな。

 これ一本で家買えるんじゃねえか?」

「ええっ! すごーい!

 テリー、ありがとうね!

 ちゃんと大事に使わせてもらうね!

 プッ! アハハハ!」


 ケイティの卑しい笑顔と感に障る笑い声。

 さっきまでが嘘みたいに薄汚い存在に思えてきた。

 いや、今思えば最初からずっと胡散臭かったよな、この女。

 現代日本に生まれていても間違いなくパパ活か美人局してるな。

 そんなもんに引っかかった俺も俺だけど……だったらせめて、ヤることヤってからボコってくれよ。

 なんで俺は初体験を前に殺される人生ばかり繰り返すんだ……


 グスグス……と情けなさのあまり涙が溢れてきた。


「うるせえなあ。

 さっさと殺っちまうか?」

「やだ。部屋汚さないでよ

 その辺に捨てておいたら適当に誰かが処分してくれるでしょ」

「へへ、それもそうだな。

 やい、小僧」


 大男は僕の髪を掴んで顔を持ち上げると笑みを浮かべながら、


「万一生き延びてもやり返そうだなんて考えるなよ。

 殺されるより酷い目に遭わされたくないだろ?」


 と脅し、僕を引きずって建物の外に出てゴミのように投げ捨てた


 お金も、家宝の剣も、着る服すらも失った僕は絶望のあまり涙を流した。


 ケイティたちに身ぐるみはがされ路上に転がった僕に、ゆっくり悲嘆に暮れる時間なんて与えられなかった。

 泣いている声に気づいたのか浮浪者たちが近寄ってくる。

 だが、僕が丸裸で何も持っていないことを知ると唾を吐き捨てて去っていった。

 それだけならまだいいが、明らかに性的な目で見てくる男までいたので痛む身体を無理矢理起こして必死で逃げ回った。

 性欲の対象にされることの恐怖は二回の人生を通して初めて出会うものだったが、最悪な気分だ。


 挙句、雨が降り始め、裸の僕はなす術のないまま風雨に身を晒した。

 

 大男に殴られた場所がズキズキと痛む。

 逃げ回り続けて脚は自分のものとは思えないほど重く、息もろくに吸えない。

 どんどん体が冷たくなっていき、死を意識した。


「いやだ……こんなところで死にたくない……

 童貞だって……捨ててないのに……」


 足がもつれ、水たまりに顔から突っ込んだ。

 そのまま動けずにいると僕のそばに誰かがやってきて立ち止まった。

 逃げなきゃ……と思うも体も心も限界で動かず、渦に吸い込まれるように意識が闇に呑まれていった

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