第6話 童貞、モテ始める
屋敷を出た僕は父が用意してくれた馬に乗り、領内で最も栄えている街『ビルシンド』へと向かった。
幸い路銀はたっぷり渡されているし、護身用に家宝の剣をもらっている。
ゲームスタート時の主人公と考えれば悪くない初期装備。
家を出されても貴族の子というアドバンテージは身の財としても残っている。
たとえば乗馬。
貴族たるもの馬に乗る姿に威厳がなければと父上が手ずから教えてくれたおかげで僕は暴れ馬だって乗りこなせる腕前になった。
前世ではバイクなんか自殺志願者の発射台と思っていたが、ハイスピードに身を晒し風を切る快感は乗馬に通じるものがある。
馬に鞭を入れて平原を駆けると途端に世界が明るく見えてきた。
冷静に考えてみれば、敷かれたレールの上を進むのは楽ではあるが面白みはない。
地方の権力者であっても自分の裁量でできることは限られているし、王や偉い貴族の機嫌を損ねれば即没落の中世社会で甘ったれた現代人の僕が満足する面白おかしい生活などなかなか望めないだろう。
むしろファンタジー世界で生を謳歌するのであれば、世界中を駆け回って冒険したり、王女やエルフ美女と懇ろになることこそが醍醐味というものだろう。
ヤリティンという天職の持つ能力がどれほどのものかは分からないが、転生前に会ったヒゲ面を信じるのであれば世界を統べるチート級の能力であるわけだし、どうにかなるはずだ。
気がつくと僕はすでにビルシンドの街に辿り着いていた。
石造りの建物が建ち並んでおり、たくさんの人が行き来している。
何度か父に連れられて来たことはあったが一人で来るのは初めてであり、その身軽さが街をより一層魅力的なものに見せてくれる。
観光客気分で散策したいところだが、まずは腹ごしらえをと焼ける肉のにおいがする店へと入った。
店内は酒場兼大衆食堂といった様子で飯時を過ぎていたのかまばらに客が座っているだけだった。
古びていながらもキチンと掃除がされている様子で僕と変わらないくらいの子供が給仕として店内を駆け回っていた。
ハエやウジが皿の上を這い回り酔っ払い達が昼から殴り合いの喧嘩を披露しているという食堂を想像していたが、庶民の暮らしもそこまで酷いものではなさそうだ。
肝心の食事はというと、これもまた空腹も相まってなかなかの美味だった。
屋敷の食事に舌が慣れていると庶民の食事を受け付けるかという不安は杞憂だったみたいだ。
これならなんとかやっていけそうだと、安心した気分で食事を平らげようとしたところ、
「こちらの席、良いかしら?」
テーブルの向かいに小綺麗な格好をした街娘が現れた。
栗色のロングヘアをしていて歳は20歳くらいか。
顔立ちは地味で素朴ではあるが……胸に立派なものをお持ちだった。
僕が「どうぞ」と促すと、それはタプン、と音がしそうなくらい柔らかそうに揺れて卓上に載った。
……載ったのだ。
「坊やお父さんやお母さんに連れて来てもらったの?」
「そんな子どもじゃない。
一人で王都に向かう旅をしているとこだ」
「へえっ! 王都だなんてすごい!
しかも一人でだなんて……もしかして何か立派な『天職』を授かっているとか?」
来た。天職の話題。
「僕は『ヤリティン』です」なんて答えたらヤバいやつ扱いされるに違いない。
僕だってあの時までこんな天職があるだなんて知らなかったし。
「一応、騎士……的なヤツだよ」
「ええっ! 騎士だなんてカッコいい!
じゃあ騎士団に入るために王都に向かうとか?」
「まあ、そうするつもりだけど」
平民の世界で生きるなら行儀良くすると逆に舐められて危険だ。
だから、意識的に少しクールな感じの喋り方をしている。
「私の名前はケイティ。あなたは?」
「……テリーとでも呼んでくれ」
だが、慣れないことをしている、というのは自分でもわかる。
大人の女からすればイキっている子供にしか見られないだろうなぁ……
と思っていたけれど、ケイティはずっと楽しそうに笑って僕の話を聞いてくれた。
客もまばらな店内でわざわざ相席しようとしてくるなんて妙な感じだと思っていたんだが、もしかしてこれは逆ナン的なヤツなのか?
「じゃあ、明日の定期馬車で王都に向かっちゃうんだ。
残念だなあ。
せっかく友達になれそうなのに」
すでに食事は片付けられ、空いた卓上に体を預けるケイティ。
大きな胸が机と背中に挟まれて変形していることに意識がいってしまい、適当な言葉を返してしまう。
「まあ……少しくらいなら滞在してもいいけどな。
この街、楽しそうだし」
すると、ケイティはパッと目を輝かせて体を起こす。
解放された胸が歓喜するかのように弾んで揺れる。
「だったらさ、今からこの街を案内するよ! おいでっ!」
彼女に手を引かれるようにして店を出た。
それからの時間は前世と合わせても一番楽しい時間だったかも知れない。
なんたって初めての女性とのデートだ。
街のお店を見て回ったり、広場で芸人の芸を鑑賞したり、路地裏の野良猫と戯れてみたり。
現代日本に比べれば娯楽の少ない世界ではあるが、それでも女性と二人で笑い合いながら過ごす時間は楽しくて、僕はあっという間にケイティに夢中になった。
王都に向かい騎士団に入れと父上に言われていたものの、実質追放なんだしどう生きても構わないだろう。
この街で根を下ろしてケイティと遊んだりするのもいいじゃないか、ってそんなことまで考えているといつの間にか日暮れの時間だった。
「ありがとう。ケイティ。
おかげですごく楽しめたよ。
そろそろ宿に向かうことにする」
僕がそう言うとケイティはガッカリした顔を見せた。
「そんな顔しないで。
しばらくこの街にいることにしたからさ」
「えっ!? 本当!? 嬉しい!」
パァッと顔を明るくして僕の手を握って飛び跳ねた。
女性の手の柔らかさとほんの少しの冷たさに僕は胸を掻きむしられる思いだった。
もっと、もっとケイティと親密になりたい。
明日も明後日も彼女に会いたい。
「あ、でも毎日宿に泊まっていたらお金なんてすぐ無くなっちゃうでしょ」
僕のことを気遣ってくれるケイティ。優しい。
まあ、お金に関してはなんとでもなると思う。
最悪、父上に頭を下げて無心してでも……
「だから、私の家においでよ。
私以外誰もいないから」
思わぬ急展開に僕は耳を疑った。
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