第一章 人生に攻略本はないが攻略法はある
第3話 童貞、第二の生を謳歌する
やあ! 僕はテリウス・フォン・バージニア!
バージニア男爵家の跡取り息子で13歳!
親しい人からはテリーって呼ばれているよ!
自分で言うのもなんだけど成績優秀、眉目秀麗、品行方正で通っている僕は父上にとって自慢の息子さ!
その上、目下の者たちにも分け隔てなく接するので使用人たちにも慕われている!
翌年には王都の貴族学校に進学し、勉強とお嫁さん探しに勤しむ予定なんだ!
ココだけの話、男爵家の息子というのは非常にモテるらしい。
貴族の結婚には家格というものが付きまとうからね。
上位貴族への嫁入りとなるとみんな尻込みするけど、ウチのように中途半端だと逆に嫁ぎやすいらしく、同格以下の家だけでなく、婿取りの必要がない上位貴族の次女、三女あたりからもアプローチがかかりやすいのさ。
今まで家庭教師で勉強を済ましていた僕にとって、女子のいる環境に放り込まれるのは初めてのことで少し緊張するけど、楽しみで仕方がないね!
ああ! 僕の明日がこれからもずっと輝かしいものでありますように!
————と、爽やか元気ハツラツモードで自己紹介をした僕には秘密がある。
転生者で21世紀初頭の日本に住んでいた前世の記憶があるということだ。
ついでに言うと童貞のまま、生き物として成すこと成さずに死んだ。
前世の最後の記憶は
後悔なんてしてないけどね。
だって、最近の流行に乗っかり異世界転生させてもらうことになった俺は生まれの時点でガチャが大当たりしたんだから。
文明が未成熟な剣と魔法のファンタジー世界において貴族階級とか排出率0.1%のSSRでしょ。
「そもそも、モンスターが溢れかえり、人命や人権が軽視される剣と魔法のファンタジー世界そのものが大ハズレじゃないか」という自己否定の声は聞かなかったことにする。
さらには前世ならばハリウッドスターが務まりそうな美貌と、欲しがれば本でも教師でもすぐに用意してくれる教育熱心な父親までついてきた。
元々、文明国家の高い水準の教育を受けてきた僕は効果的な学習方法や勉強の勘所をある程度掴んでおり、神童と目されるほど学業は優秀だ。
なんなら学習塾の経営をしても財を成せるのかもしれない。
じゃあ、いつやるかと聞かれれば、今ではないけど。
正直、人生をやり直すなんて面倒くさくて仕方がないと思っていたし、文明レベルの低い世界なんてまっぴらごめんと思っていたが住めば都というか生きていればそれなりに楽しみどころはある。
子どもなんてのは些細な気遣いや機転の良さを見せれば周囲の大人たちはチヤホヤしてくれる。
目下の者に寛容さを見せたり、来客に対して花を持たせるようなことをすれば評価はうなぎ上り。
前世では終ぞ経験できなかった優等生の人生を歩めることはすこぶる気持ちの良いものだ。
しかも転生前に告げられたヒゲ面の言葉からするにそろそろ俺にはチート的な能力が備わるらしい。
父上の跡を継ぐことはやぶさかではないが、もしその能力が勇者だの賢者だのになれる素質というのなら安定した道を捨ててテッペン目指すのも悪くない。
前世の話だが、もしかすると東大に行ける学力を持ちながら海外の大学に渡った同学年の優等生はこんな幸せな万能感を抱いて生きていたのかもしれないな……
その日、僕が父上に呼ばれ応接間に入ると見慣れない来客がいた。
西方の民族衣装らしき露出多めの衣服を纏った痩身の女。
袖のない腕や深いスリットの入ったスカートから露わになった褐色の肌。
顔はカーテンのようなマスクでほとんど隠れているが、綺麗な二重瞼をしており、瞳は猫のように翡翠色に光っている。
一見すると上玉な踊り子のようであり父上の愛人を勘繰ったが、息子にそんな相手を紹介するような性格ではない。
「テリウス。ご挨拶なさい。
今度、我が領内で『鑑定の儀』を執り行っていただく鑑定士殿だ」
「鑑定士? その方が?」
鑑定士、という言葉については聞いたことがあった。
剣と魔法のファンタジー世界と言ったとおり、この世界には前世とは異なり、魔法のような不思議な力とそれを扱うことができる人間が存在する。
鑑定士とは『鑑定』の魔法を操り、それを生業にしている者を指す職名だ。
日本人感覚だと鑑定といえば壺や掛け軸の値段をつける偉そうな識者を思い浮かべるだろう。
事実、初級の鑑定魔法ではそれくらいのことしかできないが、同じ系統の魔法でも序列があり、高位の鑑定魔法を使えば、その人間が持つ能力はもちろん生まれ持った才能とそれに応じた生き方————すなわち『天職』を見ることができる。
そして、この世界において『天職』とは人生を左右する重要な要素であり、それを知るための儀式として『鑑定の儀』が各地で行われている。
「へえ。女の鑑定士なのに『天職鑑定』ができるなんてすごいですね」
と言うと女は反抗的な眼を僕に向けてきたので、肩をすくめる。
助け舟を出すように父上は彼女のプロフィールを僕に語り始めた。
「彼女、ミア・クリークは西方の『キンバラ』出身でな。
敬虔なヘレネス教徒であり、予言された『大いなる災厄』とやらに立ち向かう英雄を見つけるために世界中を旅して各地で鑑定を行い、強力な『天職』の持ち主を探しているとのことだ」
「それはそれは、崇高なご使命をお持ちなのですね。
無礼な言い方をしてしまって申し訳ありませんでした」
シャンと背筋を伸ばし、謝罪のお辞儀をして敬意を見せる。
年若い僕はこうするだけで大人の信頼を勝ち得ることができるんだが、最初の印象が悪かったのかミアの僕を見る目は冷たいままだ。
「で、ここからが本題だ。
『鑑定の儀』に先立ってお前の『天職』を彼女に見てもらおうと思うのだ」
「別に構いませんが、どうして僕が先に?」
尋ねると父上は一瞬顔を顰めた。
「『鑑定の儀』には数百の若者が参加する。
その結果については領内どころか王都にまで届けられる。
万が一、お前の『天職』が領主の座に相応しくない場合、面倒なことになるのでな」
「なるほど。先に鑑定結果を知っておけばお披露目するも隠匿するも自在ということですか」
「いつものことながら察しがいい。さすがだ」
フフン、と気分よく鼻を鳴らしたくなってしまう。
父上の僕に対する評価はこのとおり高い。
『天職』がなんであれ僕の領主の座は盤石だろう。
もっとも僕は心配なんてしていない。
前世の経験値もあるが、今生において僕は神童の如き活躍をしてきた。
学問や礼儀作法はもちろん、乗馬や楽器の演奏なんかも万能にこなせる。
こんな僕の『天職』が非才職や無能職であるはずがない。
武芸にはイマイチ才能を感じられなかったので非戦闘系の『天職』だとは思うが、間違いなく貴族領主向きのものだろう。
「見ていてください。
必ずや父上の跡継ぎとして恥じることのない『天職』を掴んで見せますよ」
そう宣言すると、いつも厳格な表情をしている父上の表情が緩んだ。
「ああ。たしかにお前には当家の跡継ぎだ。
だが私の目から見てもお前には非凡な才があるように感じる。
地方領主にしておくのが勿体無いくらいの『天職』を授かっているのだとすれば、この家にとらわれることはないのだぞ」
「父上……」
子供の頃から多大なる投資を受けてきたのは分かっている。
前世ならば子供の小遣いでも買えた参考書よりも遥かに少ない情報量の書物を買うのに平民の一月分の稼ぎが飛んでいくという世界だ。
そんな書物を湯水のように与えてくれたし、各地から教師も呼び寄せてくれた。
貴族と言っても無視できない出費だったはずだ。
にもかかわらず、僕を縛ることなく自由に人生を歩ませてくれる。
そんな打算のない愛情に胸が熱くなった。
僕はテーブルを挟んでミアに向かい合う。
テーブルの上には水晶板が置かれており、その中央に僕から採取した血を一滴垂らすと、ミアは瞳を閉じて手を組んで祈るような仕草をした後、指先で触れた。
すると、水晶板は光り、その上に僕の血が伸びて拡がり文字のようなものを記し始めた。
初めて見る光景に対する好奇心と自分が得られるであろう『チート級の能力』に対する期待に僕の目は輝いた。
「…………ッ……整いました」
ミアは瞳を開け、水晶板の文字を黙読する。
すると……
「えっ————ウソ、でしょう?」
明らかに狼狽し食い入るように水晶板を見つめている。
何度も何度も大きな瞳を左右に往復させるが、得られた答えを口にしようとしない。
「おい。どのような結果が出たのだ?」
父上は辛抱たまらずミアを急かす。
顔を上げたミアは僕と目が合った
すると、彼女は怯えるように自分の体を抱きしめて震え出した。
「こ……こんな、こんな天職を授かった方に出会えるなんて……」
「いったいなんなのだ!?
速く教えてくれ!」
尋常でない二人の様子を余裕を持って眺める僕。
「僕、なんかやっちゃいました?」と言う準備はできている。
ここからこの物語はチート能力を持った僕の無双劇だ!!
さあ、来い————
「あなたの天職は『ヤリティン』です!」
………………は?
「えっと……パラディン?
聖属性の騎士的な————」
「『ヤリティン』です。
神代の英雄の名前です」
「いやいやいやいや、英雄って……ああ、ただ音の響きがアレなだけでちゃんと意味は別なんだよね。
オニャンコポンとかニャホニャホタマクローとかそういう類の。
ヤリチンも実際は神聖な意味があって」
「『ヤリティン』です。
たくさんの女性と関係を持ち、世界中の羨望と嫉妬を集めた結果、神に命を狙われた愛欲の英雄です。
ごく稀に偉業を成した英雄の名前そのものが『天職』の名前になることがあります。
あなたはヤリティンと同じ運命を辿るべき、選ばれた人間なのです!
神に感謝!!」
「…………ちょっと待って」
順風満帆だった僕の第二の生に暗雲が立ち込めた。
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