第29話 元童貞、告白する
修行中は戦術論やトレーニング論に加えてレクシーの武勇伝くらいしか話題がなかったのだが、今日の彼女の話はとてもしっとりしていた。
好きな紅茶の話。
昔住んでいた屋敷の庭にあった花壇の話。
旅先で見上げた星を数えた話。
場所の雰囲気も相まって、本当の淑女のように見えた。
いや、元々見た目は目を引く美人なんだが、中身が頼もしすぎたり不器用すぎたり極端なキャラクターだから淑やかなイメージが一切無くて。
「なんだか褒められながら貶された気がするぞ」
おっと、野生の勘は健在か。
「貶してなんかいないですよ。
普段と違って、こんな師匠も悪くないなあと思ってだだけです」
「偉そうな口ぶりだな。
こっちはガラでもないことをしながら頑張っているのにまるで全部見透かされている気分だ」
「僕は楽しいですけど、どうしてガラでもないことをしてくれているんです?」
「君を喜ばせてあげたかったから」
「えっ!?」
突拍子もなく放たれた殺し文句に時が止まった。
「ふぅ」とため息をつき、レクシーは頬杖をつくといつものように僕の目をまっすぐ見ながら語り始める。
「君はあたしの願いを叶えてくれた。
亡き恩師……先生との約束だった『弟子を育てること』を叶えてくれて、しかも憎い兄弟子の弟子たちを打倒しての優勝だ。
他人の戦いであんなに興奮して胸がすいたのは初めてだった。
見返りを与えたいと思うのは当然だろう。
相手があたしではミスキャストかもしれないがな」
「そんなこと……
本当に僕はデートするなら師匠が良かったんです。
僕は師匠のことを————っと!」
危なく本心を漏らしてしまいそうになって慌てて口を手で押さえた。
さすがに露骨すぎるごまかし方だったのでレクシーは咎めるように問い詰めてきた。
「なんなんだ?
うっかり悪口が出るところだったのか?」
「ち、違いますよ!
あの文脈でどうしてそうなるんですか!
言いたかったのはですね、その……」
『ヤリティン』のアビリティは狙った相手を確実に口説き落とす能力。
これを使えばレクシーは僕に身体を許してくれることだろう。
だが、僕はそれを禁じ手としている。
こんな催眠アプリみたいな能力で本命の相手を口説き落としても後悔が募るだけだからだ。
「君はどうもあたしに心を開いてくれないな。
愛想よく言葉を返してはくれるが、本音を見せない。
元々、弟子になるのも乗り気じゃなかったし仕方ないことかもしれないがな」
ああ、やめて。
そんな寂しそうな目をして僕から視線を逸らさないで!
「そ、そういうことじゃないんです!
実は僕の『天職』が色々とアレなヤツでして!」
その仕草が駆け引きなのかどうかなんて関係なかった。
恋愛ドラマの間を持たせるためのインシデントみたいに気持ちがすれ違ってそれで終わりなんてまっぴらごめんだから。
「天職? 君は自分の天職を知らないって」
「すみません!
嘘つきました!
腕のいい鑑定士に診てもらって、キチンと診断結果出ています!
ただ、それがあまりにもアレな天職だったので人には言えず……」
「ふむ……たしかに天職の中には『悪業』とされるものもあるな。
『盗賊』とか『虐殺者』とか。
君の天職もそういうものなのか?」
「悪業……まあ、そうですね。
人前で口にするのすら憚られる名前です」
「なるほど。
そういうことなら合点がいった。
安心してくれ。
そんなことで君の評価を変えたりしない。
悪業持ちでありながら立派に善行を積んでいる者を知っているし、むしろその類の人間の方が多いんだ。
教えてくれないか。
君が頭を悩ましている『天職』の名前を」
ああ、さすがレクシー。
知識が豊富で話が早く、そして度量が大きい。
こういうところがたまらなく素敵で、身も心も裸になってその胸に飛び込みたくなってしまう。
だからこそ、分かってしまう。
ちょっとデートをしたくらいで彼女は僕に落ちたりしない。
僕のことを大切に思うからこそ、自らどうこうなろうとなんてするわけがない。
優雅ぶって紅茶に口をつけるレクシーに向かって僕は白状する。
「じ、実は僕の天職は『ヤリティン』というもので————」
前フリがきれいに決まってレクシーは含んでいた紅茶を噴き出した。
「ブハッ! おい! 少年っ!!
こちらは真面目に聞こうと思っていたのに!!」
「本当にそういう名前なんですよ!!」
僕は経緯を説明した。
ミアが屋敷にやってきて僕の天職が『ヤリティン』であると鑑定したことを。
王都の騎士団に入れるという名目で家を追い出されたことを。
そして、再会したミアと関係を持ったことも……
「この天職は前例も記録も少なすぎてどういうアビリティを持っているかすら分からないんです。
ただ、ミアみたいな聖職者で自立したタイプの女性が僕のような子どもに希われたからって身体を許すのは不自然です。
聞いた限り
だから、僕は一つの仮説を立てました。
『口説いた女を確実に抱くことができる』
好色の英雄『ヤリティン』の運命を再現するためにそういったアビリティが備わっているのだと」
レクシーは黙って僕の話を聞いてくれていた。
常に眉間に皺が寄っていて、ところどころピクリと眉が動いたが相槌の類は一切なくて、だんだんと不安が募っていたところで、彼女は口を開いた。
「たしかにアビリティの中には心を操るものもある。
それで不用意な言葉を避けたというわけか」
「はい。師匠は、その本当に……大切な人なのでこんな力で言いなりになんてさせたくなくて……
でも、本当にあなたのことを考えるなら全部話しておくべきでした」
彼女は強くて優しいから「些細なこと」と笑い飛ばしてくれるだろうし、僕自身を悪くは思わないだろう。
でもアビリティは別だ。
ふとした拍子に口説かれてしまえばすんなりと股を開く傀儡となってしまうようなガキなんて危険すぎる。
これ以上、一緒にはいたくないだろう。
僕は立ち上がり、
「ごめんなさい、用を足してきます」
足早に建物を出て、全力で走り出した。
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