第16話

 瞬くんから聞いた話が頭の中でぐるぐると渦巻く。


「あの、野々宮くん。もう登下校は……大丈夫だから、その、もういいよ。明日からはひとりで電車に乗れるよ。いろいろとありがとう」

「ああそう」

「わざわざ電車降りてくれたりして、助かったよ」


 野々宮くんの目はじっとどこか一点を見ていた。なにかあるのかと周りを見渡すも、特になにもない。


「……もしかして、俺との噂を気にしてる?」

「あ……知ってたんだね。うん、これ以上迷惑かけられないから……」

「そんな言い方して、いい人ぶっちゃって。本当は自分が嫌なだけだろ」


 野々宮くんの言葉に、冷たい水を頭からかけられたみたいに身体から熱が引いていった。

 ──ちがう。わたしだって……。


「わたしといて変な噂を立てられるの、野々宮くんが嫌なんじゃないかって……」

「は、俺の気持ちを勝手に決めないでください。そんなもん勝手に言わせとけよ」


 わたしは、自分の驕りを恥じた。野々宮くんのことを、すべて知ったつもりになっていたのかもしれない。


「……ほんとは、まだ一緒に登校したい」

「うん。明日もホームで待ってるから」


 冷たくなった指先を撫でながらも、わたしは心のどこかで、ほっとしていた。


 わたしは自分の指先を見た。つやつやしているけれど、ほんの少し塗りムラがある。これをきれいに塗れるようになったら、わたしは背筋を伸ばして野々宮くんの隣に立てるだろうか。

 夏休みに図書館で見た、野々宮くんのピンク色の爪を思い出した。


「野々宮くん、あのね、今度きれいな爪の塗り方を教えてほしい。自分でやってみたけど、うまくできなかったの」


 わたしは両手を広げて野々宮くんに見せた。


「え? あ、ほんとだ。うん、任せなさい。爪だけじゃなくて、全身コーディネートしてやるよ。そうだ、次の日曜日に買い物行こう。腕が鳴るな」


 ──なんだか変なスイッチを押してしまった……?

 野々宮くんの横顔を見ながら、小さな桜貝みたいにわたしの指先が彩られるのを想像した。

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