第33話
「あいつ、まあいいやつじゃん」
野々宮くんは身体に悪そうなピンク色のドーナツに歯を立てた。ドーナツと一緒に長い髪の毛も食べてしまったようで、「うえっ」と言いながら髪の毛を一本すーっと引っ張り出した。
あいつ、とは瞬くんのことだろうか。
「俺がこういう格好してること、口止めすんの忘れてたと思ってさ。昨日の昼休みに呼びだしたんだ。どうやら俺のこと言いふらしたりしてなかったみたい。そのうえ、『この前はごめん』ってまっすぐな目で言うの。そんなふうにされたら、お前のこと疑った俺のほうが人間小せえみたいじゃんって思った」
絶妙に似ている瞬くんのモノマネを差しこんでくる。野々宮くんは、こっちの才能があるのかも。
「いつのまに。で、野々宮くんはどうしたの?」
「べつに気にしてませんけどって言ってやった。まあとりあえず解決……と思ったら、あいつ去り際になんて言ったと思う? 『でも野々宮のことは好きじゃないから』……って!」
「へえ。瞬くんも人を嫌いになるんだね。なんかしたの?」
ハッ、とドーナツを片手に鼻で笑った。なにかを言いかけたけど、言葉にふたをするようにドーナツにかぶりついた。その後はずっと咀嚼していたので、野々宮くんから言葉の続きは聞けそうになかった。
ドーナツを食べ終えると、野々宮くんは口の端を拭う。すっかり冷めたカフェオレをひと口飲んでから、ふう、と溜息をついた。
ふたりのあいだに、沈黙が生まれる。
わたしは、今だ、と思った。
「ねえ野々宮くん。わたしね、野々宮くんが好きだよ」
ひぇ、と引きつったような声を上げた後、おじさんみたいな咳をする。
もしかしなくとも、わたしはタイミングを間違えたらしい。今だ、じゃなかった……。
涼しげな切れ長の目が、高速でまばたきをしている。それを見ていると、わたしまで落ちつきが削がれていく。
きちんと返事をしようと思って、今日はここに来たのに。
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