第22話

 お母さんは野々宮くんを見て、驚いていた。だけどその後、いつもより弾んだ声で「かわいい子だね」とわたしに耳打ちしてきた。


 さっそくわたしは、制服を野々宮くんに貸した。シャツにアイロンをかけておいたので、シワひとつない。

 野々宮くんはおそるおそる、パリッとした袖に腕を通す。


「……はあ、こんな感じなんだ。うちの制服って、やっぱりかわいいよな」


 野々宮くんの声はわずかに震えていた。

 スカートをつまんで口元をわずかに綻ばせると、「ずっと着てみたかったんだ」と噛みしめるように言った。


 それなのにすぐに脱いでしまった。一度着られたらもういいそうだ。


「満足した。やっぱりさ、俺は俺でしかないんだよな」

「……それは……」

「自分の好きな服装を楽しむことにする。今はそれでいい」


 野々宮くんは元々着ていた服を指先でつまんだ。今日はレースがついた白いワンピースを着ていた。妖精みたいな服装だ。

 野々宮くんが望む野々宮くんでありますように。そう願わずにいられない。


「七瀬さんと女子みたいな遊び方すんの、結構楽しいんだよ。本当に女子になったみたいで。ありがと、いろいろ」

「お礼を言うのはわたしのほうだよ。だれかと遊ぶのってこんなに楽しかったんだなって最近思うの」

「んー……じゃあ、お互い様ってことにしとくわ」


 野々宮くんは腕を組んでいつものように自信たっぷりに笑った。

 ふたりで笑い合っていたら、お母さんが部屋のドアをノックした。おやつを持ってきてくれたようだ。お母さんの声はわずかに上ずっていて、わたしまでそわそわしてしまった。


 夕方までうちでメイク動画を見たり、映画を見たりして過ごした。近くの駅まで見送りたくて、わたしは野々宮くんの隣に並んだ。

 ふたつの影がアスファルトに並んでいて胸が熱くなる。

 向かいからひとつの影が近づく。


「あれ、つばさ」

「瞬くん。お、お疲れ様……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る