第21話


 野々宮くんはわたしの髪型を褒めてくれた。似合うって思ってたんだ、とポケットに手をつっこんだまま笑っていた。

 切ったばかりの毛先が頬に当たってこそばゆく、わたしは毛先を指でそっとよけた。


「最近、表情にも自信がみなぎってきたような。猫背もマシになったんじゃね?」

「そうかな。自分ではよくわかんないけど、もしそうなら野々宮くんのおかげだよ。ほんとに感謝してるんだ」

「そ、そう。べつに俺なんもしてねえけど」

「いえいえ。鏡を見る癖がついたので。なんとお礼をすればよいものか」


 ふざけた口調だけども、わたしは野々宮くんに本当に感謝している。

 鏡を見ながら髪の毛の跳ね具合を気にしている自分が、少しだけ好きだ。こんな気分になるのは、初めてだった。


 今のわたしは野々宮くんの隣に立てるくらいになれているのか、自分ではまだわからない。だけど、そうでありたいと、そのためにはどうすればいいかと、自分で考えられるようになった。


 背筋を伸ばした先の景色は、野々宮くんなしではきっと見られなかった。


「お礼……あ、あのさ、変なこと頼んでもいいか?」

「なあに? 内容によるけど」

「女子の制服着せてくんない? 一度だけでいいから」

「なんだ、そんなことかあ。いいよ」


 野々宮くんは目をぱちくりさせた。

 野々宮くんは女の子になりたい人だし、休みの日は女の子の格好をするし、女子の制服を着たいといっても驚かない。


 ただ、わたしの身体に合わせたサイズだから、野々宮くんが着られるかはさておき。


「……気持ち悪くねえの?」

「どうして? いつも女の子の服を着てるじゃない。制服も似合うと思う」

「……七瀬さんってすげえな。でも、嬉しい。一度着てみたかった」


 学校では着たくないと言うので、野々宮くんをわたしの家に招いた。休みの日だったから、野々宮くんは女の子の格好でやってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る