第4話

 野々宮くんは小さな声で言った。かすれた声はわずかに震えていて、わたしだけをゆっくりと殺すような鋭さを持っていた。


 野々宮くんとは今年の春に同じクラスになったばかりで、ほとんど話したこともないのに。委員会活動で少し会話をしたくらい。

 なにが彼の逆鱗に触れたのか。わたしは背中を丸め、額にぽつぽつと汗をかきながら、またごめんなさいと言った。


 ふん、と野々宮くんは言い捨てて、さっさと出て行った。わたしも自分の教室に戻りたかったけど、すぐに戻れば野々宮くんがいるかもしれないと思って、わざと遠回りをした。


 人が少ない図書室前の廊下を通った。ここの窓から見る景色が、わたしは好きだ。

 なにか特別なものがあるわけでもなく、ただ道と空が広がっているだけ。シンプルな街並みが気にいっていた。


 窓から吹きこんだ風が、重たい黒髪を撫でる。胸を隠すためにわざと長く重くしていて、美容師さんにはいつも「髪すかないの?」と言われる。本当はさらさらのショートボブなんかに憧れるけど、きっとわたしは似合わない。


 しばらく時間を潰してから教室に戻ると、案の定だれもいなかった。わたしは鞄を抱えて教室を出る。

 今日もすごく暑い。外に出ると、汗で髪とシャツが張りつく。気持ちが悪かったけど、そのままで我慢した。



 休みの日は家か映画館か本屋にいる。

 特に映画館が好きだ。暗闇だから、だれかの視線を感じることもなく、椅子に身体を預けて背中を伸ばせるし、映画の世界に没頭して、素直に笑ったり泣いたりできる。


 途中でだれかが鼻をすする音が聞こえて、わたしも同じシーンで泣いていたりすると、世界を共有しているような気分になる。我ながら気持ち悪い思考だけど、その瞬間は心が繋がっていると思う。


 オーバーサイズの黒いシャツに、黒いスキニーデニム。髪はさっとくしを通して、胸の前に垂らす。

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