第35話 謁見
「ぐっ……はっ……」
背中を強く叩きつけた。これでは、しばらく動けない。
ヴァンは起き上がろうとして、一度それを諦めた。不老不死になったとはいえ、痛覚がないわけではない。少しずつ身体が修復されていくのを感じながら、
しばらくすると、ようやく身体を起こせるくらいになった。まだ痛みと痺れはあるものの、立つことも可能なようだ。ゆっくりと立ち上がって、周囲を見る。上にあがれる場所を探した。
「あそこか……」
程よい間隔で土壁に出っ張った場所がある。あれなら、手をひっかけて上にあがることもできそうだ。万が一のことを考え、あの半獣魔に感知されないように魔力を微調整しながら、壁を登っていく。
上にあがりきると、ヴァンは森の中を歩き始めた。そうして、頭上を覆いつくす木々の葉がなくなってきた頃に森を抜け、眼下には赤茶色の草原が広がる。
開けた場所にそびえ立つ大きな城──魔城。
ヴァンは目を閉じて魔力を込めた。目を開いて、ギョロッギョロッと瞳を動かし、周囲を探る。この範囲にはリカや甲冑の男達はいないらしい。もう城へ到着しているのかもしれない。もう一度目を閉じて、力を解除する。
「さて、ブラッドに怒られるとするか」
ヴァンはそう言うと、城を目指して歩き始めた。
**
魔城に到着すると、場内は慌ただしい空気だった。ヴァンは自室に戻り、指を鳴らして影──控えの者を呼ぶ。
「ブラッドに伝えてくれ。戻ってきたと」
控えの者はぺこりと頭を下げると消えていった。ヴァンはそれを確認すると、ターバンを外し、崖から落ちてボロボロになった服を脱ぎ捨てる。伝言を終えて戻ってきた控えの者は、その脱ぎ捨てられた服をせっせと回収していた。
着替えている途中で、部屋の扉がコンコンと叩かれる。ヴァンは控えの者に目で合図を出し、扉を開けさせた。
「──王!」
「久しぶりだな。ブラッド……と言っても、数か月程度か」
「その数か月の間、こちらは大変だったのですが?」
「ふっ、そうか。まぁ、お前の話はまた後でゆっくりと聞こう。それよりも随分と慌てているようだがどうした?」
「はい。人族の国から使者が来ております。事前に連絡はなかったのですが、いかがいたしましょうか。お会いになりますか?」
「人族の国からか。それは何人だ?」
「四人です。そのうちの一人は、半獣魔のようです……」
「歯切れが悪いな。どうした?」
「その……四人の中に……大変、あの者に似た者がおります」
「あの者?」
「……クチカ、殿です」
ブラッドはバツが悪いらしく、視線を逸らしながらそう口にした。その姿を見て、ヴァンは、小さくふっと笑う。
五百年という時が経っても、ブラッドは彼の顔を忘れていなかったらしい。王の最愛を殺したのだ。もし、忘れていたらきっとこの場で、くびり殺していただろう。
「そうか。しかし、そうだな……せっかくここまで来たのだ。会わずに追い返すというのも、悪いだろう。玉座の間に通しておいてくれ。そこで会おう」
「──ハッ!」
ブラッドは一礼をすると、部屋を出て行った。ヴァンは手を止めていた着替えを再開する。姿見に映った自分の鎖骨を辺りを見て、そこをそっとなぞった。
もう消えて、わからなくなってしまった。けれど、そこに確実にあった情事の痕跡──一夜の夢。
服の留め具を首元までしっかりと締める。そして、顔がわからないようにするために、目から鼻のあたりまでを覆えるような仮面をつけた。
「五百年は長い。……なぁ、クチカ」
己の一部になっている最愛の番にそう話しかける。そうして、ヴァンは部屋を出て、玉座の間を目指した。
控えの者が大広間の扉を開く。ヴァンは中に入り、檀上に上がって王の椅子に座った。自分の横にはブラッドが控え、目の前には頭を下げた四人がいる。ほんの数時間前まで一緒にいた者達だ。甲冑の男、半獣魔の者、薬師の男、そして──クーチェリカ。ヴァンは、顔を上げよ、と言い、四人は下げていた頭を上げた。
「それで、この国に何用だ? 事前の連絡もなかったそうだが、急を要するものなのか?」
甲冑の男が、それらしい話をしてくる。この者達と一緒に旅をしていなければ、その言葉を信じていただろう。それくらい、しっかりとした内容だった。
一通り、彼らの言葉を聞き届けた後で、ヴァンは口を開く。
「道中疲れたであろう。この城で少しゆっくりと休息を取ってから、自国へ帰るといい。書簡はこのブラッドに渡しておいてくれ」
四人を労わるような言葉をかけて、椅子から立ち上がる。そして檀上から去ろうとしたとき、甲冑の男が動いた。
ブラッドは書簡を渡されると思ったのだろう。受け取ろうとしたところを押さえつけられた。半獣魔の者も魔力を解放し、更にブラッドの動きを封じる。
薬師の男が、リカの耳元でなにかを囁いて、背中を押した。リカは青い顔をしながら、腰に差していた短剣を引き抜く。
仮面をつけたままのヴァンは、リカと対峙した。
「……これはどういうことだ?」
「す、みません。オレはこうしないといけないんです。ごめんなさい」
「私が不老不死であると知っているのに、剣を向けるのか」
「……オレの剣は『聖剣』です。貴方のその心臓を止めることができる剣なんです」
「ほう? それは随分と興味深いな。では、そなたは『勇者』であるということか」
「──はい。たぶん」
ヴァンは両手を広げた。そして、右親指で自分の胸をトントンと指す。
「これまでも『勇者』と名乗る者達が何年にも渡り、そして幾人もここへ来た。しかし、誰ひとりとして俺を殺すことはできなかった。なのに、そなたは、できる、そう言うわけだな?」
「できなかったとしても、オレはやらなければならない。……村の子どもの命がかかっているんです」
手に持った短剣の切っ先が震えている。その様を見て、ヴァンは、くっと笑った。
「そのように震えていて、俺が刺せるのか?」
「──ッ!」
「では、やってみろ。さあ! 刺せるものなら刺してみろ! 本物の『勇者』ならば、俺を殺せるはずだ!」
ヴァンはクーチェリカに近づくと、短剣を握っている彼の手に自分の手を添えた。そして、剣の切っ先を自分の心臓の場所へと押し当てる。
涙を浮かべているリカの目をじっと見つめて、もう一度口を開いた。
「さあ、やってみろ!」
「────っく!」
「どうした? 子どもの命がかかっているのだろう? そのように躊躇していては、その子どもは死んでしまうぞ。いいのか?」
薬師の男がリカに向かって、やれ、と叫ぶ。
ブラッドも、王よ、と叫んだ。
「子どもは手足を切られ、獣の餌にされるかもしれん。身体ひとつ放り出され、貴族達の剣の的になり、胸を一突きされるかもしれんな」
「う……あ──ッ!」
あえて煽るような言葉を紡ぐ。町の立て看板前のこと、墓場で胸を一突きにされた子どものことを思い出すように、と。
「うあああああああぁあああッッ!!」
リカは耐えきれず目をつむった。そして、喉から声を絞り出しながら、その短剣に力を込めたのだった。
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