第13話 見せしめ

「待って、待って下さい!」

「……どうした? 私はまだなにも言っておらぬが」


 宙に浮いた男はバタバタと足を動かした。

 先日、大広間で行われた光景を思い出した者達は、更に顔を青くしている。


「違う! 違うのです! 王よ!」

「はて、なにが違うのだ」

「私はただ、我が領を豊かにしたかった。それだけなのです!」

「……それでは、周りの者になにも伝わらぬ。そなたがなにをしたのか、この場で申してみよ」

「わ……私は……」


 周りの者達は、片時も目を離さず、次に告げられる言葉を待った。

 宙に浮いた男は、震えながら己の罪を口にする。


「魔石を……王に報告せず、人族の国へ渡しました。密輸、しましたっ」


 シン……と静まり返る部屋で、ヴァンは男を見つめる。


「それがどのような結果に繋がっていくのか、分かっていたのか?」

「……それは」

「相手は更に要求を強めただろう。応じなければ、どうなると言われたのだ?」

「そ、れは……」

「私は常々言っていただろう。安易に魔石の量を増やせば、こちらが危うくなると。あれを手に入れた多くの者は、自分が全能になったと勘違いする。特に魔力のない者ほど、その勘違いは強くなり、そして中毒状態に陥るのだ。手元から無くなれば、何度でも欲し、手に入らないと分かると、最終的に魔ノ国に攻め入ろうと奴らは考えるのだぞ」

「……は、い」


 男は苦しそうに、はっはっと息を荒くする。

 宙に浮かされた魔力によって苦しんでいる、というよりも、なにか思い当たることがあり、そのせいで呼吸が乱れ、苦しんでいるように見えた。目尻には汗とよく似たものが浮かんでいる。


「大変、もうしわけ、ありま、せんでした」

「なにか言い残すことはあるか?」

「妻と子どもに、すまないと……」

「わかった。しかと伝えよう」


 ヴァンはそう言うと、右指をスッと横に動かした。

 男の胴体から頭部が切り取られ、長卓の上にゴトンと落ちる。

 宙に浮いたままの男の身体から血が噴いた。ボタボタと滴り落ち、果実酒の入った盃に注がれる。盃いっぱいになって溢れ出たものは、長卓の上に敷かれた布地を、じわじわと染め上げていった。


 ヴァンは金色の目をギョロリと動かして、この場にいる者達を全員捕らえる。瞳に捕らえらえた者達は、小指一本動かすこともできずにいた。ヴァンは口を開いて、再度注意を行う。


「己の行いがこの国を危うくする。人族の国が大義名分を掲げて攻め入る理由を、お前たちが渡すことになるのだ。今、かの国々は互いにけん制し合って、いがみあっているから、この国は平和なのだ。あちら側が手を組めば、この国が危うくなるのだぞ」


 魔力を解放し、紫煙が全員の首を絞めるように纏わりつく。ちりちりと焼けつくような痛みに、ひっと喉を鳴らす者もいた。


「今回だけは見逃してやる。あの者のように、一線を超えるようであれば、そなた達全員、その首が落ちると思え」

「で、では……どうしろと言うのですか」


 アザミがこちらを見ている。青い顔をし、苦悶の表情を浮かべながらも口を開いた。


「あの者が言っていたように、私達は我が領を豊かにしたいと思っただけです。では、魔石の渡す以外に、どうやったら豊かにできるとお考えなのかっ!」

「それは私だけでなく、そなたらの仕事でもあるだろう? 考えることを放棄し、目の前の甘い果実に飛びついた結果、豊かになったのは誰だ? そなたの領にいる民達にも、その果実の恩恵は届いたのか?」

「……っ」

「己さえ良ければいい。そういうのであれば、その座を他の者に明け渡せ。同胞達を危険に晒してまでも、欲を満たしたいと考えるような輩を、いつまでもその椅子に座らせておくほど、私は甘くないぞ」

「……っく」


 力を込め過ぎたらしい。アザミや他の者達の顔色が、青から紫色へと変化しつつあった。ヴァンは魔力による圧を解く。するとその場にいた領主達が、げほげほとむせた後、はぁはぁと荒く息を吸った。


「自分には領主の椅子は荷が重いと、そう思う者は名乗り出よ。恥じることはない。名乗り出たからといって、あの者のように殺しはせぬ」


 ヴァンは領主達の顔を見渡す。領主達は俯き、その場で荷が重いと名乗り出るものはいなかった。


「全員、その責を全うできる、そう言うのだな? ならば、まず甘い汁を断ることから始めろ。領を豊かにしたい、その気持ちを全て否定するわけではない。人族の国々というのは魔力はないが、人を化かして、心を巧みに操る者がとても多い。領を思う気持ちに付け入れられているぞ」

「……はい」


 ヴァンはそう言うと、ブラッドに目をやった。

 ブラッドは頷いて、出入口に立っている警備の者達に合図を送り、彼らを扉の脇に控えさせる。領主達がふらつきながら、ぞろぞろと部屋から出て行った。警備の者も去った後、ブラッドがこちらにやってくる。


「見せしめに殺した、この者の遺体はどういたしますか?」

「……そうだな。できることなら、家族の元に返してやりたいが、それもできん」


 宙に浮いたままの男の遺体を見ながら、ヴァンは考える。長卓をトントンと人差し指で数回叩いて、口を開いた。


「身体は壁の上に掲げろ。頭は人族の国に送る。不正に魔石を得たことは気付いているぞ、と知らせねばならん」


 ヴァンはそう言うと指をすっと動かし、宙に浮いた男の身体をこちらへ動かした。

 ブラッドが男の身体を受け取る。ヴァンは、その指に嵌った紋様入りの指輪を引き抜いた。


指輪これも返さねばな……」


 卓上に転がった男の首を浮かせて、こちらに引き寄せる。

 口をぐいっと無理やり開いて、男の舌の上に指輪を置いた。


(死者を冒涜するようなことを、したくはないが……)


 かの国には、怯えてもらわねばならない。たとえ一時的な効果だったとしても、これは魔石への執着を薄れさせるための必要な処置である、といえるだろう。


 ヴァンは男の頭をくるりを回した。ブラッドの腰にある短剣を引き抜いて、首の後ろで一つに束ねてあった長い髪を切り落とす。

 指をぱちりと鳴らし、控えの者を呼んで、その髪を渡した。ヴァンは、手をかざし、目を見開いたまま命を失った男のまぶたを、ゆっくりとおろす。


「……悪いな。家族の元には、そなたの髪を届けよう」


 彼の家族に残してやれるものは、一束の髪だけ。

 とても悲しむだろう。とても恨まれるだろう。

 そして、またひとつ、自分の背中には憎悪の念が増えるのだろう。


(どんな理由であれ、夫であり、父であるこの者の命を奪ったのは、この俺だ。殺されただけでなく、罪人として、壁に晒し上げられる。……家族はきっと迫害を受けるだろうな)


 カチッカチンッ──憎しみと、恨みの石を打ち合わせる音が聞こえる。摩擦で起きた小さな火花は、パチッと飛んで、自分の背中に張りついた。

 そんな気がして、ヴァンは後ろを振り返る。


「どうかなさいましたか?」

「ああ……いや、なんでもない。気のせいだ」


 そう答えるとヴァンは、ブラッドと控えの者を従えて、食堂を後にしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る