第12話 賄賂

 陽が昇り始め、空が桃色に染まる頃、自室の扉をコンコン叩く者がいた。扉の向こう側から、聞き慣れている男の声がする。

 ヴァンは扉を叩く音とその声で目を覚ました。ベッドを出て、それから急いで服を着替える。着替え終わると指を鳴らし、控えの者を呼んだ。スッと現れた控えの者は、目の前の扉を開く。


「ブラッド。どうした、今日は随分と早いな」

「先日、頼まれておりました賄賂の件で、ご報告に上がりました」

「わかった。聞こう。中に入れ」

「──ハッ」


 ブラッドは浮かない顔をしている。芳しくない結果が出たということだろう。

 自分が椅子に座ったのを合図にして、目の前に立っている男が口を開く。

 ヴァンは、その報告を真剣な面持ちで聞いた。



「壁に面した領のほとんどか……」

「はい」


 壁に近い領のほとんどが、人族の国々から賄賂を受け取っていた。そして、やはりというべきか、賄賂を受け取っていた領主達からは、輸出する魔石の量を増やしてほしいという嘆願が城に届いている。ブラッドからの報告書と、魔石輸出に関する嘆願書、渡された二枚の紙に書かれていた領の名は、完全に一致していた。


 賄賂だけでも困ったものだが、更なる問題が判明。嘆願してきた領の中に、既に魔石の量を増やして、秘密裏に他国に売り渡しているところがあった。

 王から、なかなか色よい返事が来ないことに業を煮やしたのか、密輸という形でひっそりとそれを実行。城に届け出る魔石量の報告は、改ざんを行っていた。そして、密輸魔石の存在を知った他の国々が更に賄賂を増やし、魔ノ国の他領の主達へこちらにも寄こせと圧をかけている。


「安易に増やせば、他国との力の均衡は崩れ、またこの国に攻め入る理由を与えるものだと気づいていないのか?」

「気づいていたとしても、目の前に置かれた果実が、とても魅力的だったのでしょう。ひとたび食べてしまえば、戻れなかったのだと思われます」

「欲望に忠実なところは、魔の者だな」


 ヴァンはくくっと笑った。

 そして、困ったものだと、椅子の背もたれに身体を預ける。


「……クチカの件のみならず、俺が侮られている事案は、随分と多そうだな?」

「監視の目が行き届いておらず、申し訳ありません」

「お前を責めているのではない。これは俺の落ち度だろう」

「いえ、貴方様の目となるべき私の責任です」

「相変わらず、堅い奴だ。さて、どうしたものかな……」

「警告をしますか?」

「そうだな……」


 警告を行ったところで、止まるとも思えない。

 甘い汁は、既に滴り落ちるほど受け取っているのだ。


 ヴァンは椅子の背もたれに預けていた身体を起こした。机に肘をつき、右手で顎の先を触って考え込む。思考を巡らせてみたものの、導き出される答えはひとつしか出てこなかった。


「いや、それで止まるのならば、始めからやっていないだろう。致し方ない。今回も見せしめが必要だろうな。ブラッド。賄賂を受け取っている領主達に連絡を。城に集まれと」

「──ハッ!」

「俺の目を盗んで、他国に魔石を渡していた領主には、その代償を支払ってもらおう」


 **


 数日後、招集の命を受けた領主達が一堂に集まった。

 ブラッドの提案により、城内食堂にて食事を取りながらの会合という流れになる。長卓には城の料理人が作った料理が、所狭しと並べられていた。


「いや~まさか、王と一緒に食事をいただけると思いませんでした。さすがは城の料理人ですな! どの料理も実に美味い。一級品ばかりだ。我が領の料理人とは天と地ほどの差がありますわい」

「そうか。そのように喜んでもらえるとは思わなかった」


 領主達は、果実酒を片手にワハハと笑いながら語り合う。

 豪華な料理を食べ、酒を飲み、皆ご機嫌だ。ここに呼ばれた理由など考えたこともない、そんな風に見える。


 ヴァンは部屋の隅に控えているブラッドを見る。ブラッドは頷くと、他に控えている警備の者に目で合図で送った。出入口の前に、彼らは立つ。それを確認してから、ヴァンは口を開いた。


「さて、今日ここに集まってもらったのは、他でもない。ここにいる皆には、実は共通点があるのだ」

「ほう。共通点ですか……」


 集まった領主のひとり、先日ヴァンに話しかけてきたアザミが周りを見回した。

 アザミはその共通点に気づいて、口を開く。


「そういえば、皆さん……壁に近い領の方々、ですな」

「さすがだな。その通りだ」


 他の者達も互いの顔を見て、言われてみれば確かに、といった反応をしている。


「しかも、壁に近い領というだけではない。ここにいる者達は皆、他国から賄賂を受け取っている」


 ヴァンはそう言うと果実酒をくっと煽る。酒を全て飲み干すと、空の盃を叩きつけるように卓へ置いた。正面を見据えると、全員が目を見開いてこちらを見ている。今まで酒で上機嫌に赤くなっていた顔は、色を変え、真っ青になっていた。

 その様を見て、ヴァンはふっと笑う。


「どうした? 遠慮せず飲むが良い」

「……王よ。冗談が過ぎますぞ。ここにいる皆が、他国から賄賂などと」

「冗談? 私が、冗談でそなた達を呼ぶと思うのか?」


 往生際の悪い。

 アザミは顔色を悪くしながらも、更に食い下がってきた。


「証拠はあるのですか? 私達が賄賂を受け取っていたという証拠が」

「あるからそう言っているのだ。先日も、今も、そなたが身につけているその指輪。そこに描かれている紋様がなによりの証拠だ」


 アザミはハッと自分の手を見た。その手をじいっと見つめ、指輪の紋様を確認しているようだ。


「知らないのか? 人族は国と国が友好関係を結ぶとき、国の紋様を刻んだ品物を送るのだ。そのような重要な意味を持つ紋様の入った指輪を、なぜ魔ノ国の領主ごときが持っている?」

「……これ、は、先日も言いましたように領で作った物で」

「他国の紋様が入ったものを、そなたの領では作るのか。不思議だな。そなたの領はいつの間に魔ノ国から人族の国に変わったのだ?」

「王と言えど、失礼がすぎますぞ!」

「では、そなたの周りの者を見てみるが良い」


 アザミはそう言われて、自分の両隣りに座っている者を見た。なにかに気づいたようで、隣に座っている者の手をバッと掴む。


「……これは」

「不思議ではないか? そなたの領で作っているものをなぜ皆が持っている?」

「……っ」


 アザミは下唇を噛んで、冷汗をだらりと流していた。部屋には静寂が訪れ、誰も、なにも、発することができないでいる。

 ヴァンは右の人差し指で、長卓をトン、トン、と軽く叩いた。その場にいる全員が、王が次に発する言葉をじっと待っているようだった。誰かがごくりと喉を鳴らす。


 ヴァンはゆっくりと目を瞑り、力を流し、眼球色を白から黒へと変えた。魔眼となったその瞳で、アザミの隣に座っている男を捕らえる。指をクイッと動かして、その者を宙に浮かせた。

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