第12話 賄賂
陽が昇り始め、外が少しずつ明るくなってきた頃、コンコンと扉が叩かれた。扉の向こう側から、いつもの聞き慣れている男の声がする。
ヴァンは扉を叩く音とその声で目を覚まし、ベッドから出た。それから、急いで服を着替える。着替え終わると合図を出して、控えの者に扉を開かせた。
「ブラッド。どうした、今日は随分と早いな」
「先日、頼まれておりました賄賂の件で、ご報告に上がりました」
「分かった。聞こう。中に入れ」
「──ハッ」
ブラッドが浮かない顔をしている。芳しくない結果が出たということだろう。
ヴァンは椅子に、ドサリと座った。机を間に挟んで、目の前に立っている男が口を開く。ヴァンは、その報告を真剣な面持ちで聞いた。
**
「壁に面した領のほとんどか……」
「はい」
壁に近い領のほとんどが、人間と獣人の国から賄賂を受け取っていた。そして、やはりというべきか、賄賂を受け取っていた領主達からは、輸出する魔石の量を増やしてほしいという嘆願が城に届いている。ブラッドからの報告書と、魔石輸出に関する嘆願書、渡された二枚の紙に書かれていた領の名は、完全に一致していた。
しかも、その領の内のひとつは、既に魔石の量を増やして他国に渡している。
王から、なかなか色よい返事が来ないことに業を煮やしたのか、密輸という形でひっそりとそれを実行。城に届け出る魔石量の報告は、改ざんを行っていた。そして、密輸を知った他の国々が更に賄賂を増やし、貢ぎ、魔ノ国の他領の主達へ魔石をこちらにも寄こせと圧をかけている。
「安易に増やせば、他国との力の均衡は崩れ、またこの国に攻め入る理由を与えるものだと気づいていないのか?」
「気づいていたとしても、目の前に置かれた果実が、とても魅力的だったのでしょう。ひとたび食べてしまえば、戻れなかったのだと思われます」
「欲望に忠実なところは、魔の者だな」
ヴァンはくくっと笑った。
そして、困ったものだと、椅子の背もたれに身体を預ける。
「……クチカの件のみならず、俺が侮られている事案は、随分と多そうだな?」
「監視の目が行き届いておらず、申し訳ありません」
「お前を責めているのではない。これは俺の落ち度だろう」
「いえ、貴方様の目となるべき私の責任です」
「相変わらず、堅い奴だ。さて、どうしたものかな……」
「警告をしますか?」
「そうだな……」
警告を行ったところで、止まるとも思えない。
甘い汁は、滴り落ちるほどに受け取っているのだ。
ヴァンは椅子の背もたれに預けていた身体を起こした。机に右肘をつくと、右手で顎の先を触って考え込む。思考を巡らせてみたものの、導き出される答えはひとつしか出てこなかった。
「いや、それで止まるのならば、始めからやっていないだろう。致し方ない。今回も見せしめが必要だろうな。ブラッド。賄賂を受け取っている領主達に連絡を。城に集まれと」
「──ハッ!」
「俺の目を盗んで、他国に魔石を渡していた領主には、その代償を支払ってもらおう」
**
数日後。招集の命を受けた領主達が集まった。
全員が揃ったのは昼近く。ブラッドの提案で、城内食堂にて食事を取ることにした。そしてそのまま会合という流れに運んだ。
「いや~まさか、王と一緒に食事をいただけると思いませんでした。さすがは城の料理人ですな! どの料理も実に美味い。一級品ばかりだ。我が領の料理人とは天と地ほどの差がありますわい」
「そうか。そのように喜んでもらえるとは思わなかった」
領主達は、果実酒を片手にワハハと笑いながら語り合う。
王を囲んで、豪華な料理を食べて、皆ご機嫌だ。ここに呼ばれた理由など考えたこともない、そんな風に見える。
ヴァンは部屋の隅に控えているブラッドを見る。ブラッドは頷くと、他に控えている警備の者に目で合図で送った。出入口の前に彼らが立つ。それを確認してから、ヴァンは口を開いた。
「さて、今日ここに集まってもらったのは、他でもない。ここにいる皆には、実は共通点があるのだ」
「ほう。共通点ですか……」
集まった領主のひとり、先日ヴァンに話しかけてきたアザミが周りを見回した。
アザミはその共通点に気づいて、口を開く。
「そういえば、皆さん……壁に近い領の方々、ですな」
「さすがだな。その通りだ」
他の者達も互いの顔を見て、言われてみれば確かにといった反応をしている。
「しかもだ。壁に近い領というだけでなく、ここにいる者達は皆、他国から賄賂を受け取っている」
ヴァンはそう言うと果実酒をくっと煽った。盃の中身を全て飲み干して、長卓にタンッと置く。正面を見ると、全員が目を見開いてこちらを見ていた。今まで酒で上機嫌に赤くなっていた顔は、色を変え、真っ青になっている。その様を見て、ヴァンはふっと笑った。
「どうした? 遠慮せず飲むが良い」
「……王よ。冗談が過ぎますぞ。ここにいる皆が、他国から賄賂などと」
「冗談? 私が、冗談でそなた達を呼ぶと思うのか?」
往生際の悪い。
アザミは顔色を悪くしながらも、更に食い下がってきた。
「証拠はあるのですか? 私達が賄賂を受け取っていたという証拠が」
「あるからそう言っているのだ。先日も、今も、そなたが身につけているその指輪。そこに描かれている紋様がなによりもの証拠だ」
アザミはハッと自分の手を見た。その手をじいっと見つめ、指輪の紋様を確認しているように見える。
「知らないのか? 人族は国と国が友好関係を結ぶとき、国の紋様を刻んだ品物を送るのだ。そのような重要な意味を持つ紋様の入った指輪を、なぜ魔ノ国の領主ごときが持っている?」
「……これ、は、先日も言いましたように領で作った物で」
「他国の紋様が入ったものを、そなたの領では作るのか。不思議だな。そなたの領はいつの間に魔ノ国から人族の国に変わったのだ?」
「王と言えど、失礼がすぎますぞ!」
「では、そなたの周りの者が身につけている指輪を見てみるが良い」
アザミは自分の両隣りに座っている者の手を見る。そこに輝く物を見つけて、アザミはその手を掴んだ。
「……これは」
「不思議ではないか? そなたの領で作っているものをなぜ皆が持っている?」
「……っ」
アザミは下唇を噛んで、冷汗を流していた。
ヴァンは右の人差し指で、トントンと長卓を叩く。ゆっくりと目をつぶり、力を流し眼球の色を白から黒へと変えた。目を開いて、アザミの隣に座っている男を捕らえる。そして、指をクイッと動かすと、その者を宙に浮かせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます