第11話 魔石

 ヴァンが城の廊下を歩いていると、窓の向こう側で、なにか動いているものが目に入った。足を止め、窓の外を見下ろしてみると、ブラッドとクチカが一緒になって素振りをしている。

 大きくがっしりとした体躯たいくのブラッドの動きに、小さなクチカが必死になってついていく。彼の微笑ましい姿に、自然と口角が上がった。


 外の様子をじっと見ていると、廊下の向かいから、歩いて来る者が視界の端に映る。その者はヴァンに近づくと、頭を軽く下げて、その場に留まった。ヴァンから声をかけられるのをじっと待つ。ヴァンは窓から目を離し、男を見て、口を開いた。


「そなたは……辺境地の領主、確か名はアザミだったか?」

「王に名前を覚えていただいているとは! まことに恐悦至極でございます!」

「顔を上げるが良い。どうした? 私になにか用か?」

「先日の広間のこと、私は大変感動しました。私は貴方様のことをずっと誤解していたようです。争いごとを好まぬ、優しき王だとばかり思っておりましたが、王の言葉に背いた者達に、あのような厳しい処分を下せるとは……! 素晴らしい! さすがは魔王様だと、改めて認識させていただいたのです!」


 アザミは語る内に、徐々に興奮していった。最後には何度も素晴らしいと繰り返す。その姿を見て、そういえばこの者は、争いごとが好きだったなとヴァンは思い出した。魔の者は好戦的な輩も多い。こればかりは、種族の特性と言わざるを得ない。


(そういえば、以前、壁を越えて攻め込んではどうかと言ったのも、こいつだったな)


「そうか。話はそれだけか?」

「じ、実は、王にお願いしたいことがございまして……」

「ほう。そなたが……珍しいな」

「我が領地と取引のある人族の国が、輸出する魔石の数を増やしてくれないかと言っておりましてな。こればかりは王の許可がなければ難しいと申したのですが、どうしてもと頼まれたのですよ」

「魔石を?」


 壁の向こう側の国々が、魔ノ国にある魔石を欲しているのはよく知っている。

 魔力を持たぬ者が、それを持てば魔の者達と似た力を使うことができるからだ。

 しかし、石の力には制限がある。石の持つ魔力が尽きれば、その力も尽きる。より多くの力を使うのであれば、その分だけ魔石の数が必要になる。


 彼らが魔石を欲する理由は『戦争』

 領土拡大のために、石の力を持って圧倒的な勝利を収めたい、早期の決着をつけるための道具として使いたいと考えていることは明白だった。


「輸出量を安易に増やせば、国の均衡が崩れる。ましてや、その魔石を使って、我が国にも攻め入ってくる可能性も出てくるぞ。それを分かっていて、輸出を増やせ……と言っているのか?」


 ヴァンはアザミをジロリと睨みつけた。

 目の前でヴァンの眼球の色が白から黒に変わったのを見て、アザミは焦りだす。


「そ、そうですな。やはり、難しいですな。いや~私もそう何度も申しているんですが、ね」


 冷汗を浮かべ、ハハハと笑ってアザミは誤魔化した。

 以前のアザミならば、魔石を増やしてほしいと言われたら、その国を滅ぼしましょうと自分に進言していただろう。そうしないということは、必ずどこかに理由があるはずだ。彼の行動は、あまりにも不自然さが際立っている。

 ヴァンはアザミの身に付けている衣服、装飾品に目をやった。魔ノ国では、珍しい藍色の衣。辺境地の領主にしては、良い服を身に着ているように見える。


「…………」


 魔ノ国は、魔力を持った種族や魔石という『力』はあれど、基本的には貧しい国だ。魔石以外に大きな収入源になる物がない。微量な魔力を含んだ作物は、人間や獣人は食べられないし、もし食べられたとしても彼らは怖がって、そもそも食べないだろう。魔石以外に外貨を得られないこの国では、王以外の者達は、衣ひとつにしても、壁の向こう側と比べると貧相になりやすいのだ。


「話は変わるが、そなた良い服を着ているな……その指輪の装飾も素晴らしい」

「そのように褒めていただけるとは、大変光栄ですな。魔石以外でなにか輸出できる物を作れないかと思い、今、領民とひとつになって、このような物を作っているのですよ」


 言葉とは裏腹に、アザミの冷汗の量が増えた。魔の者のくせに、こいつは嘘が苦手らしい。きっと領民が作った物ではないのだろう。おそらくは、魔石を欲している国からの貢ぎ物だ。賄賂に屈したか。目の前の欲に飛びつく。こういうところは、人間も獣人も魔の者も変わらない。


「これだけ素晴らしいものが作れるのだ。あちら側から、魔石以上に求められる日も近かろう。精進すると良い」

「そう……ですな」


 俺は笑みを浮かべてそう答えた。アザミもぎこちない笑みを浮かべて返事をする。

 交渉は失敗。それはしっかりと伝わっただろう。


「ではな。公務があるので私は行く」

「ハッ! 足を止めていただき、ありがとうございました」


 眼の色を戻し、自室へ向かう。

 先日の広間を立ち去るときと同様の恨みがましい視線を、その背に受けながら、廊下の角を曲がって行く。ヴァンは指をぱちりと鳴らして、控えの者を呼んだ。


「ブラッドに伝言を頼む。壁の向こう側から賄賂を貰っている者がいる。他にもきっといるだろう。魔石の輸出量を増やしてほしいと言い出したところから、探りを入れろ、とな。ああ、そうだ。探りを入れるのは、クチカとの鍛錬が終わってからで良い」


 控えの者は頭を下げると消えて行った。

 ヴァンは自室の扉を開け、中に入ると、ドサリと椅子に座った。

 額に手を当て、天井を見上げている。


「クチカの件の次は魔石か……少しは俺も休みたいぞ。まったく……」


 小さな憎悪が蓄積されていく。王には絶対的な権力がある。それゆえに、恨みつらみもまたそこに集約されやすい。力でずっと押さえつければ、必ずどこかで爆発が起きる。適当なところを見極めて、適切に蓄積物を取り除かねば、その未来は免れない。


「…………」


 クチカが運命の相手だと気づかれてはならない。そのために名前を家畜から取り、半獣奴隷だったことも明かした上で、自分の非常食だと皆に伝えている。

 大切にしている理由は、『食料』だから。それ以外のなにものでもない。


 彼らの爆発する先がクチカであっては──ならない。


 彼を守りすぎても危険、守りすぎなくても危険だ。

 自分が信をおける者は、正直少ない。


(まるで綱渡りでもやっている気分だ。しかし、俺は……もうクチカを手放すことは出来ない)


 天井を見上げたまま、ヴァンは静かに目を閉じた。まぶたの裏には、白くて癖のある髪をした半獣の少年の姿が浮かび上がる。その姿を思い出すだけで、心が温かくなり、そして腹も『ぐぅ』と鳴った。


「……早く、大きくなれ」


 ヴァンはぽつりと願いを零す。身体を起こして、目の前の机に置かれた書類の束に手を伸ばした。ヴァンは、ふぅと小さなため息を吐くと、書類のひとつひとつに目を通していくのだった。

 

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