第14話 縁談

 クチカの虐めと魔石の問題を処理して一年が経った頃。

 ヴァンの机には、いくつもの姿絵が置かれていた。控えの者がスッと現れて、新しい姿絵を重ねては、また消えていく。


 ヴァンはため息を吐きながら、姿絵の一枚を手に取って掲げる。その時、扉を叩く音とブラッドの声が聞こえてきた。

 入室を許可すると、ブラッドが部屋に入ってくる。小脇に抱えた物を、机の上にドサリと置く。置かれたものは姿絵。そこには見目麗しい女性の姿が描かれていた。

 ──現在、ヴァンは重臣達から縁談を勧められている。


「……またか」

「また、です。こればかりは致し方ありません。貴方様は最後の王族。その血を絶やすわけにはいかないと、彼らも必死なのです」

「ブラッドまで重臣達と同意見か? 俺はこんなに困っているというのに……王を助けることが、お前の仕事じゃないのか?」

「申し訳ありませんが、今回ばかりはお助けできません。どうか早く結婚して、子をもうけて下さい」

「チッ! お前だけは俺の味方だと思っていたのにな」


 ブラッドがにっこり笑って、チクリと刺してくる。ヴァンは舌打ちをして、もう一度ため息を吐いた。すると、コンコンと扉を叩く音がする。


「ヴァン様、クチカです。お呼びでしょうか?」

「来たか。入りなさい」


 控えの者が扉を開く。クチカは控えの者に、ありがとうございます、と礼を言ってから中に入った。クチカがこちらに駆け寄ろうとしたので、長椅子へ、と指をさす。

 ヴァンは手に持っていた姿絵を、積み上がった物の上に置いて、立ち上がった。


「では、私は失礼します」

「ああ。また後でな」


 ブラッドは部屋の扉に向かって歩いて行く。扉の持ち手に、手をかけると動きが止まった。首を動かし、こちらに顔を向ける。そして「王よ」と声をかけてきた。


「机上で雪崩が起きる前に、決めてしまわれるほうが賢明かと」


 そう言われて、ヴァンは自分の机を見た。控えの者がまた一枚、姿絵を重ねている。重なり積み上がった絵は、ぐらぐらと揺れ、崩れ落ちるのは時間の問題のように見えた。


「……わかった。善処する」

 

 ブラッドが部屋を出て行く。控えの者が現れて、また新たな絵を重ねた。その瞬間、雪崩が起きる。ブラッドの忠告も虚しく、姿絵の塔は崩壊してしまった。控えの者がそれを拾い、クチカも拾うのを手伝う。ヴァンも仕方なしに手伝うことにした。


「ヴァン様、なぜこんなに女の人の絵が、たくさんあるのですか?」

「それは、だな……」


 どう説明したものか、とヴァンは悩んだ。運命の相手に告げるのは、なぜだか気が引ける。悪いことをしたわけでもないのに、自分の心の中に、謎の罪悪感が広がっていくのを感じた。


「ヴァン様?」


 純真無垢な少年の空色の瞳に捉われる。ヴァンは、ぐっと息を詰まらせた後、息を吐き出しながら、口を開いた。


「……その絵は、見合いのためだ」

「見合い? 見合いとは、なんですか?」


 クチカが学んだ本の中には、『見合い』という単語はなかったらしい。ヴァンはクチカから目を逸らして、見合いについて説明をした。


「婚姻したいと考える男女が実際会って、話をしてみること、だ」

「婚姻……結婚ってことですか?」


 婚姻については知っているようだ。クチカはそう呟くと、手に取った姿絵をじっと見つめる。


「……綺麗な女の人ばかりですね。ヴァン様はこの人達と結婚するのですか?」

「いや、俺には──」


 ──お前がいるから。

 そう言いそうになり、ヴァンは口を噤んだ。なにかを言いかけて黙ったヴァンを、空色の瞳が不思議そうに見上げてくる。


(俺が愛しいと感じる相手は、お前だけ)


 まだ恋も知らない少年に、自分の想いを告げるわけにもいかない。そして、周りに悟られるわけにはいかない。


「伴侶など……まだ、早いと思うんだがな。重臣達が薦めてくる。今年は城下町で祭りが催されるから、ちょうど良いと言って、このように姿絵を送り付けてくるのだ」

「お祭りですか?」

「ああ。お前をここに呼んだのも、それを伝えるためだ。三年に一度、城下町で行われる大きな祭りがある。それに参加すると良い」

「えっ! ボクも参加して良いのですかっ!」


 クチカの顔がぱぁっと明るくなった。しかし、その顔も一瞬で曇る。ジトッとした瞳で見つめられた。


「……ヴァン様、誤魔化してませんか? お祭りと見合いにどんな関係があるというんですか?」

「大きな祭りには、各領を代表した者が集まる。その代表者に、領主は自分達の妹や娘をあてがうんだよ。俺もさすがに、代表者と話をしないわけにもいかないからな。そこを狙われて、このように姿見を送り付けてきている。今年の祭りには、この者を代表で行きます、とな」

「あ……それで……」


 クチカは手元の姿絵を見つめる。お祭りと見合いの繋がりに納得してくれたようだ。ヴァンは、ほっと息を吐いた。

 次から次へと姿絵を拾っては、それを机の上に乗せる。ほっとしたのも束の間、なぜ、自分がこのように落ち着かない気持ちにならねばいけないのか、と恨む気持ちが溢れた。


「……にしても、いくらなんでも多すぎる。何人送り込むつもりなのやら……いっそ各領の代表はひとりまで、と通達すべきか?」


 思いつきがぽろりと零れる。思いつきであったが、とても良い案に思えた。本気でそう考えていると、隣でクチカがクスクス笑う。机の上に綺麗にまとめられた姿絵の塔を見つめながら、クチカは口を開いた。


「ヴァン様は乗り気じゃないんですね」

「先ほども言っただろう。まだ早いと。ああ、気が重い。いっそ祭を中止してやりたい」

「それはボクが困ります。お祭りに参加していいって言ったのは、ヴァン様ですよ?」

「……そうだった」


 ヴァンはクチカの頭をくしゃくしゃと撫でた。クチカは、やめてください、と言いつつも喜んでいる。鳥の巣のように、ぼさぼさになった彼の頭を見て、自分もくくくっと笑った。


「合間を見て、俺もお前と祭りを見て回りたいものだな」

「本当ですかっ! では、なおさら、お祭りは中止しないで下さいね」

「わかった。善処しよう」


 クチカの空色の瞳がきらりと輝く。生まれて初めての祭りはとても楽しみなようだ。尻尾がずっと揺れている。楽しい催しや、食べ物がたくさんあるということは、本で得た知識の中にあったらしい。こんなものはあるか、あんなものはあるか、とクチカによる質問が続いた。


(この顔が見たかったんだ)


 そのためにこの部屋にクチカを呼んだ。積み上がった姿絵が崩れ、見合いのことを知られたのは想定外だったが、まぁいいだろう、とヴァンはもう一度クチカの頭を撫でる。彼との楽しい時間を、またひとつ重ねたのだった。







 

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