第15話 祭①
魔ノ国で行われる三年に一度のお祭り『魔国祭』
ひと月ほど時間をかけて行われている大きな祭りだ。祭りが行われはじめた当初は、短かった開催期間も、遠方の領も参加しやすいようにと、次第に配慮されるような形になった。
「わあ~! すごい人ですね!」
城で一番高い所──塔の上から、クチカは身を乗りだすようにして、城下町を見下ろした。遠目からも活気づいているのが伝わってくる。興奮したクチカは、尻尾をぱたぱたと左右に動かす。それを見て、思わず口元が綻んだ。
「あまり身を乗りだすと危ないぞ」
クチカの首根っこを掴んだ。はしゃぎすぎたことが恥ずかしくなったのか、クチカは顔を赤くして、すみません、と謝る。
ふたり並んで、城下町を眺めていると、階段を上ってくる足音が聞こえてきた。音は段々と大きくなり、こちらに近づいて来る。ヴァンは後ろを振り返った。予想通りというべきか、ブラッドが顔を出す。
「王よ。こちらにいらっしゃったのですか」
「どうした?」
「領の代表者が、城にお着きになりました」
「……祭りの初日だぞ。随分と早くないか」
「到着が遅くなればなるほど、貴方様と接する機会が減ってしまうから、という理由からではないでしょうか」
「俺としては、減ってくれるほうが嬉しいのだがな。仕方がない……挨拶に行くか。クチカ、また後でな。身を乗りだしすぎて、落ちるなよ?」
「だ、大丈夫ですっ!」
ブラッドの前で身を乗りだしすぎたことを言われて、クチカはまた顔を赤くした。
ヴァンはクチカの頭をぽんぽんと叩いてから、塔を去る。ブラッドと共に城の応接室へと向かった。
**
ブラッドが応接室の前に立ち、その扉を数回叩いた。失礼いたします、と一声かけてから、その扉を開く。扉の向こう側で、椅子に腰を掛けていた女性は四人。
四人はすっと立ち上がり、ドレスの裾を軽く摘まんで、こちらに挨拶をしてきた。
「長旅で疲れた者もいるだろう。座りなさい」
そう声をかけてから、ヴァンは椅子に座る。四人もヴァンに
「さて、そなた達はどこの領の者だ? 名を聞いても良いだろうか?」
「お初にお目にかかります。私は東の領から参りました、エルダと申します」
「お久しぶりでございます。私は西の領、領主の娘、メラフィアですわ」
「……私は、南の領のファルナ」
「は、初めましてっ! 北の領のシルゥと申しますっ!」
「四大領の代表者であったか。北や南からここまでは随分と遠かっただろう。祭りはひと月ある。身体を十分に休めてから、見て回ると良い。東も西も、ここから近いとはいえ、女の身で慣れない旅は疲れたであろう? そなた達も無理はせず、ゆっくりするが良い」
ヴァンがそう言うと、四人は、ありがとうございますと礼を口にした。その後で、北のシルゥはもじもじしながら、こちらを見つめてくる。わかりやすいその視線に、思わず声をかけてしまった。
「北の代表、どうかしたのか?」
「シルゥとお呼びください魔王様っ! あのぉ~私、このお城もお祭りも初めてなので、その、魔王様の都合がよろしければ、案内していただくことは可能なのでしょうか?」
「北の方、口を慎みなさい。魔王様に道案内などと、従者にやらせるようなことをお願いするなんて……失礼にもほどがありましてよ」
「メラフィア様! 私はそんなつもりで言ったわけではありませんっ!」
シルゥは頬を膨らませた。年の頃は十五くらいといったところだろうか。まだ幼さが色濃く残っているように見える。
北の領は寒さが厳しい土地だ。領民が肩を寄せ合って、互いに協力し冬を越える。それも相まってというべきなのか、民と領主の距離が他に比べて比較的に近い。彼女にはそれが普通の環境だったのだろう。ここにいる他の者と比べても、気安い女性だった。
「シルゥよ。すまないな。私も公務が立て込んでいる。案内はしてやれぬが、次、会うときに、どこを見て回ったのか教えてくれないか?」
「あ……は、はいっ!」
『次』という言葉に、シルゥの顔が明るくなった。西のメラフィアが僅かに眉を寄せている。ヴァンが椅子から立ち上がると、四人も後に続くように立ち上がった。
「あまり時間が取れずに済まないな。しかし、皆の顔が見れて良かった。祭りを存分に楽しまれよ」
四人はヴァンが部屋に来たときと同じように、ドレスを摘まんで挨拶をする。ヴァンは、「ではな」と言ってから、応接室を出た。
後ろからブラッドがついて来る。彼の何か言いたげな視線が、背中に刺さった。
「……なんだ?」
「一言よろしいでしょうか」
「言ってみろ」
「仮にも、見合い、です。もう少しお話されても良かったのでは?」
「俺は、皆が旅で疲れたであろうから、気をつかって、早々に退出したのだぞ?」
「……本当にそうでしょうか?」
「なんだ。疑うのか? 臣下に疑われてしまうとは、俺もまだまだだな」
くっくっくっと笑って、背中を震わせる。後ろから、ブラッドの深いため息が聞こえた。
「貴方様もお人が悪い。シルゥ様にだけ『次』をお約束されるとは、火種を蒔いたようなものですよ」
「俺は王だ。人が良くては、王などやれん。俺の伴侶になるというのであれば、我が身の火の粉くらい払える者じゃないと、無理だと思わないか?」
「……本当にそうお思いなのですか?」
「お前にだけ教えてやろう。俺の本音は、あちらで勝手に争って、人が減ってくれれば、彼女達に会う回数が少なくて済む」
「……そうだろうと思っておりました」
ブラッドはもう一度深いため息を吐いた。
ヴァンは歩きながら、ああそうだ、と思い出し、後ろを振り返る。
「ブラッド。今日ここに来た四人と、これから来るであろう領の代表達に、クチカのことを伝えておいてくれ。『傷を負わせてはならない』とな」
「──ハッ!」
「こちらが望んで呼んだわけでもないし、俺も暇じゃない。煩わしいことは、当人達でやってくれればそれでいい」
「煩わしい、ですか」
「ああ。女同士の争いに巻き込まれてみろ。精神が磨り減るぞ。いっそ、お前も見合いをしてみたらどうだ? 王の側近だ。伴侶になりたいという者は多いだろう」
「……王が伴侶を得られましたら、是非、考えさせていただきます」
ブラッドはそう言って、にこりと笑顔を放つ。
その顔を見たヴァンは、前を向いて、チッと小さく舌打ちしたのだった。
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