第16話 祭②
祭りが始まって、半月が経過した。
活気に溢れていた城下町は、その姿を少しずつ変えていく。祭の終わりに向けての準備を整えていくのだ。その移ろう様を、城の塔の上からヴァンは眺めている。
祭りが終われば、見合いも終わる。こちらも折り返し地点を過ぎ、あともう少しでようやく終わるな、と朝焼けの空に向かって、ふうっと息を吐いた。
領の代表者と称して、次々と送られてきた見合いの相手。そのほとんどは、既に自分の領へ帰っている。女同士の争いに敗れた者達は、この城から去って行った。
「さすがは四大領の代表……というべきか」
初日に会った四人は、まだここに留まっている。
挨拶を交わしたその後は、廊下ですれ違った際に軽く話をする程度だった。彼女達とは、そろそろしっかりと話をする場を設けなければ、ブラッドや重臣達に小言をチクチクと言われそうである。
どうしたものかな、と考えていると背後から小さな足を音が聞こえた。ふり返ると白い髪の少年の姿が見える。あちらも自分に気づいたようで、てててっと走ってきた。
「王様! こちらにいらっしゃったのですね!」
「クチカ。またここに来たのか」
「はいっ! ここから眺める城下町の風景がとても好きなんです」
「祭りも残り半月、折り返し地点だ。今日からまた町の姿が変わるぞ」
「えっ! そうなんですか?」
クチカはひょいっと身を乗りだして外を見た。ふわふわの尻尾が左右に揺れる。昨日までの町とどこが違うのか、間違い探しでもするように、クチカはキョロキョロと見回した。
「身を乗りだしすぎるな。危ないぞ」
祭りの初日と同じように、首根っこをぐいっと引っ張る。クチカは、えへへと笑って、頬をかいた。
朝の町の景色をしばらく眺めた後、クチカと一緒に塔を下りる。
廊下の角を曲がると、西の領主の娘メラフィアが、こちらに向かって歩いて来ていた。
互いの距離が近くなると、メラフィアは廊下の脇に避けて、自分達に道を譲る。
「メラフィア嬢は、起きるのが随分と早いのだな」
「せっかくのお祭りですから、できる限り様々な場所を見学させていただきたいと思っております」
「そうか。近々、そなたを含めた代表者達と話をする場を設けようと思っている。都合の悪い日があれば、事前に伝えてもらえるとありがたいのだが」
「まぁ! 都合の悪い日などございませんわ。魔王様とお話が出来るのですから」
メラフィアが、嬉しいと感情を露わにする。心なしか頬も赤く染まっていた。
普段であれば、感情の起伏など見せないであろう彼女がそれを見せてくる。まるで焦がれる相手にだけに見せるのだ、と言っているようだった。
男の心を揺さぶる技を身に付けている女だ、とヴァンは理解し、ふっと笑う。隣にいるクチカは、自分はここにいていいのかとオロオロしていた。
「都合の悪い日がないのであれば、こちらも場を設けやすい。礼を言う」
「お礼など不要ですわ。魔王様のことを優先する。それは私にとって、至極当然のことですわ」
彼女の言葉から、伴侶になるのは自分だからそれは当然なのだ、という空気がにじみ出ていた。
メラフィアの目がちらりと横に動く。彼女の瞳がクチカを捉えた。
「白い髪と耳……もしや、貴方がクチカ様?」
「え、えっと、はい。そうです。でも、様はやめてください」
「魔王様が大事になさってる方でしょう? であれば、私にとっても大事なお方ですわ」
「ええっ? でも……」
『様』と呼ばれて居心地が悪いのか、クチカは眉を下げて、こちらを見上げる。
ヴァンはふっと笑って、クチカの頭を撫でた。
「メラフィア嬢、この者に『様』はいらぬ。確かに、私は大事にしているが、それはこの者が『非常食』だからだ。元は壁の向こう側の国で奴隷だったこの者を、私が買い取ってきたのだよ」
「まあ。そのような経緯でしたのね。半獣の方がどのようにして魔王様のおそばに? と不思議に思っておりましたの。……奴隷とは、また貴方も大変でしたわね」
「は、はい……」
「ねぇ。クチカ……さんとお呼びしてもよろしいかしら? 今日、一緒にお祭りを見て回りませんこと?」
「えっ! いいんですかっ」
「ええ、もちろん」
メラフィアの誘いに、クチカは顔を明るくした。ふわふわの尻尾がぱたぱたと揺れている。クチカはもう一度こちらを見上げてきた。期待に満ちた瞳は、行ってもいいかと言っている。
「……ああ。クチカ、良かったな。メラフィア嬢と楽しんでくるといい」
「はいっ!」
「では、私は公務があるから。クチカ、また後でな。メラフィア嬢、彼のことを頼む」
ヴァンはそう告げると、ふたりとはそこで別れ、自室に向かって廊下を歩き始めた。
**
──夜。見守りから届いた報告をブラッドの口から聞く。仕事の手は止めないまま、その内容にじっと耳を傾けた。
メラフィアとクチカはあの後、本当に祭りに行ったようだった。
だが、彼女の態度は今朝と違い、随分と素っ気ないものだったらしい。
隣を歩くな、離れて歩け、とクチカに言い放つ。それから、王に気に入られていても、所詮貴方は奴隷なのだから、わきまえるように、と更に告げ、早々に城へ戻ったようだった。
「なるほどな。クチカと祭りに出かけたのは、それを言うためだったか」
自分よりも奴隷を優遇していることが、許せなかったと見える。そのことを表立って王に伝えることはできないが、クチカが相手ならば簡単に言える。
(しかし、それを言ってなんになる? クチカが俺に会うことを控えれば、その時間を自分に与えられるとでも思ったか?)
机に左肘をついて、指先で顎の先を撫でる。眉を寄せると、右の人差し指で机の上をトントンと叩いた。
「私は、よろしく頼む、と言ったのだが……。クチカの主は、この俺だ。たかだか一領主の娘ごときに、あれこれと指図される覚えはない」
メラフィアは、きっとクチカが王に報告しないことまで見抜いている。見抜いたからこそ、忠告したのだろう。
(これだから女は怖い)
時と場合によっては、人族の国々よりも、したたかで狡猾かもしれない。
このまま、何事もなく祭りが終わるとも思えない。
──クチカに傷ひとつ負わせてはいけない。
初日に伝えたこの言葉は、きちんと守られるのだろうか。
ヴァンはもう一度、右の人差し指で、机をトントンと叩くのだった。
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