第17話 祭③

「……魔王様……領に戻ります」

「私もお暇させていただきます」


 祭りも残すところあと十日、といったところで、城を出ると挨拶があった。挨拶に来たのは、東の領エルダと南の領ファルナのふたり。

 女同士の争いも後半戦へ突入し、敗者となったこのふたりは、城を去ることを決めたようだった。


「そうか。ふたりとも、祭りは楽しめただろうか」

「……はい。とても」

「ええ。活気に溢れて、とても楽しいひと時を過ごすことができました」


 ふたりは一礼をして、応接室を出て行く。その扉が閉まって、ふたりが完全にいなくなってから、ヴァンも立ち上がり、応接室を出た。自室を目指して、廊下を歩く。窓の向こう側で、なにか動いてるものが見えた。そちらに目をやると、動いているものの正体はシルゥとクチカ。ふたりは歩きながら、話をし、時折、笑いあっていた。

 ヴァンは足を止め、ふたりの様子をじっと眺める。


「……残るは」


 ──西の領メラフィア、北の領シルゥ。


 シルゥがここまで残るとは、正直思ってもみなかった。あの距離の近い気安い女性は、争いごとなど好まず、早々に領に帰るのだろう、と考えていた。しかし、領主が王の伴侶に、と選んで寄こした者だ。もしかしたら、彼女は、一筋縄ではいかない人物なのかもしれない。


「…………」


 メラフィアに比べて、シルゥはクチカにも優しく、気安く接しているようだ。クチカも彼女には心を開いているように見える。つい先日、ふたりで一緒に祭りへ出かけることもあったらしい。見守りから上がってくる報告の内容にも、今のところ問題はなかった。


「問題がなさすぎて、不気味ではあるな」


 メラフィアのような、わかりやすさがない分──恐ろしくもある。シルゥの印象は幼さが残る裏表のないあどけない女性だったが、認識を改める必要がありそうだ。

 ヴァンは指をぱちりと鳴らして、控えの者を呼ぶ。


「ブラッドに伝言を頼む。クチカの見守りを強化せよ、とな」


 **


 翌日、廊下を歩いていると、クチカとシルゥに出会った。

 ふたりは、どうやら祭りの話をしていたらしい。クチカが嬉しそうにそう語った。


「それは良かったな」

「はいっ! それでボク、今日は中央通りの屋台を見ようと思うんです」

「クチカ。今日は少し時間が取れそうだ。約束していたように、祭りを一緒に見て回るか?」

「本当ですかっ!」


 白い耳がピンと立つ。わあっと喜びに溢れるクチカの横で、シルゥがモジモジしながら、こちらを見てきた。上目遣いに、おずおずとした様子で口を開く。


「あのぅ~、魔王様……私もご一緒して、よろしいでしょうか?」

「ああ。もちろん」


 ヴァンは、にこりと笑ってそう返事をする。

 シルゥは自分の顔の前で両手をぎゅっと握りしめ、喜びを表した。


「わあ~! 三人でお祭りなんて、とても楽しみです! ねっ! クチカさん」

「本当ですね!」


 喜ぶふたりに、ではまた後程、と告げてヴァンはその場を後にした。



 ──二時間後。

 ヴァンとクチカ、シルゥの三人は城下町にいた。ヴァンは旅をしていたときと同じように、頭にターバンを巻いて、町の住人達と似た服を着ている。その姿を初めて見たシルゥは目を白黒させていた。その後で、頭の角を隠さなければ、魔王様と気付かれてしまいますものね、と納得する。


 三人で中央通りを歩いて行く。屋台も多数並んでおり、そこかしこで鼻腔をくすぐるいい匂いが届いた。クチカが腹をぐぅと鳴らす。それを聞いたシルゥが、くすくすと笑った。


「ちょっとそこで待っていろ」


 ヴァンはそう言うと、屋台へ向かった。肉の串焼きを数本買うと、クチカ達の所に戻る。座れそうな場所を探し、ほどよい高さの階段がある店先を少しばかり借りることにした。


「ほら、食べろ」

「ありがとうございます。王さ……え、えっと」


 クチカは、王様と言いそうになって、はたと気づく。人の多い往来で王様と呼ぶわけにはいかない。しかし、なんと呼んだらいいのか迷っているようだった。


「そうだな。ここは……〈ブラッド〉の名を借りるとしよう」

「わかりました。ありがとうございます。ブラッドさんっ!」


 クチカはそう言うと、肉の串焼きを一本受け取った。ヴァンは、クチカの目の前に、串焼きをもう二本差し出す。


「あのときのように、全て奪っていかないのか?」

「なっ! そ、それは忘れて下さいっ」


 クチカは顔を赤くして、慌てたように尻尾を振った。その様を見て、シルゥが口を開く。


「あのとき……ですか? なにかあったのですか?」

「わあっ! シルゥ様、聞かないで下さいっ!」

「あっ! ごめんなさい! クチカさんが嫌でしたら聞きませんから、大丈夫ですよっ! でも、おふたりはとても仲が良いのですね」

「うう……聞かないでもらえると嬉しいです。ううっ……」

「仲は確かに良いだろうな。なにせ、こいつは俺の『非常食』だ。美味しくいただくためには、まずこいつ自身が美味しいものを食べ、身体を動かし、よく寝てもらわねば困る」

「まあっ! 魔王様は、クチカさんを食べてしまうのですかっ!?」

「いずれな。運が良ければ、天寿を全うできるかもしれん。ほら、クチカ早く食え。あと二本あるぞ。大きくなって、美味くなれよ」

「……はい」


 クチカは、はぐはぐと食べ始める。初めて会ったあの日と同じように、あっという間にぺろりと食べてしまった。つい懐かしさに、自然と口角が上がる。クチカが串焼きを食べる様を、シルゥもにこにこと笑って見守っていた。



 食べ終わって、また町の中を歩き始める。クチカとシルゥが前を歩き、ヴァンはふたりの後ろをついて行った。半時ほど歩いただろうか。彼女が歩き疲れた様子を見せたので、城に帰ることにする。


「ごめんなさい。私のせいで……」

「いえ、気にしないで下さい。三人でお祭りを回れて、ボクはとても楽しかったですし」

「そのお祭りも、あと少しで終わりですね。こうして、クチカさんと一緒に過ごせるのもあと数日。せっかくお友達になれたのに……」

「そうですね。ちょっと寂しくなりますね」


 てくてくと歩きながら、ふたりはそんな会話を交わす。シルゥは、ぱんっと両手を叩いた。良いことを思いついた、とばかりに微笑んで、クチカを見る。


「そうだわ! 私が〈ブラッド〉様の伴侶になれば、私達ずっと一緒に遊べるわ! ねぇクチカさん。良い方法だと思わない?」

「え、えっと……」

 

 クチカはどう答えていいのかわからず、戸惑っている。シルゥは、クチカの右手をぎゅっと握りしめ、胸の辺りの高さまで持ち上げた。


「……私の北の領は、同じくらいの年の子が少ないの。周りは大人ばかりで、とても寂しかった。でも、魔城ならクチカさんがいる。私、お友達の貴方がいれば、きっと寂しくないわ」


 まるで、花でも咲いたかのような笑顔をクチカに向ける。

 純真無垢に見える美しい花は、精巧に作られし造花。

 そのやり取りを後ろで見ながら、ヴァンは喉の奥で、くっと笑った。


(まずは、王に近しい者を味方につける。そういうことか……)


 シルゥという女性の本性をようやく捉えたと、ヴァンはもう一度、くくっと笑ったのだった。

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