第26話 空色の青年
青年が隣に座って、はぐはぐと肉の串焼きにかぶりついて食べている。
ヴァンはその食いっぷりをただじっと見つめていた。
青年はぺろりと平らげると、口の周りと指についたタレも綺麗に舐め取る。
(本当にそっくりだ……)
その食べ方にも覚えがある。まるでクチカそのものだと錯覚するほどに。
青年は食べ終わった串を捨てに、屋台へ駆け寄る。串入れの桶にそれを放り込むと、またヴァンの座っている長椅子まで戻ってきた。
「串焼き、譲ってくれてありがとう。お金払うよ」
青年はそう言って、腰の巾着を探りだした。手を突っ込んでから、眉をしかめる。
「……あれ?」
ごそごそと何度も探り、自分の身体をぱたぱたと触る。心なしか顔色がだんだん青くなっているように見えた。その動きと表情が、なにかあったと語っている。
「どうかしたのか?」
「……金がないんだ。なんで……? ちゃんと入れておいたはずなのに」
「家に忘れたか、落としたか、盗まれたか……そのいずれかの理由で金がない、と言ったところか?」
「ご、ごめん。串焼き譲ってもらったのに、まさか金が入ってないと思ってなくて」
しゅんとした顔。そこにないはずの耳が、しょんぼりと垂れさがっているような幻覚が見えた。頭を軽く振って、もう一度彼の頭を見る。そこには、やはり耳はない。
「気にするな。肉の串焼き一本くらい、どうってことない」
「で、でも……」
青年はヴァンを頭から足のつま先まで視線を巡らせた。どうやら、服装を見て、あまりお金を持っていないと判断されたらしい。その視線で、くたびれたマントに薄汚れた服の姿であったことを自分でも思い出した。
(そう思われても……仕方がないな)
クチカに初めて会った日もそうだった。奴隷商店の店主から、同じように金がない客だと思われたな、とヴァンは思い出し、くくくっと笑ってしまった。
「本当に気にするな。串焼き一本で困るような生活はしていない」
「う、うーん……でも、あんたがよくても、オレの気が収まらないと言うか……」
目の前の青年が、うんうんと唸っている。なにかを思いついたのか、下を向いていた顔を上げて、こちらを見た。
「なぁ! あんた、ちょっと時間ある? 急ぎじゃないなら、オレの家まで来てくれない?」
「……家?」
「そう! 家に行けば、串焼き代を渡せるからさ! ここから少し離れた村なんだけど、一日もかからないから。どう……かな?」
「ここで会ったばかりの見知らぬ男を家に呼ぶのか? お前、ちょっと危ないぞ?」
「オレだって、そんなホイホイ呼んだりしないよ! って言うか、初めてだよ!」
「……俺が家の金を全部持って行くかもしれないと、思わないのか?」
「うーん……それはないと思う」
空色の瞳がじっと見つめてきた。彼の真剣な眼差しが、なにかを探っている。自分自身を選別されているような、そんな感覚に襲われた。
「うん。大丈夫。あんたはそんなことしない。こう見えて、オレって人を見る目はあるんだ」
「……そうか」
(俺は『人』ではないがな……)
青年が長椅子から立ち上がる。ヴァンも青年に続いて立ち上がった。隣に並ぶと、青年のほうが、ヴァンより少し身長が高い。そう、成長したクチカと変わらないくらいだった。
「あ。オレの名前はリカ! あんたは?」
「俺か? 俺は……ヴァン。ヴァンだ」
「ヴァン……へぇ……いい名前だね」
『ヴァン様』
ヴァンは目を細めた。クチカによく似た青年に名前を呼ばれて、きゅっと心が締め付けられる。青年──リカは、こっちだ、と言って歩き始めた。ヴァンも彼の背中を追って行った。
**
昼間に歩き始め、リカの村に到着した頃には、かなり陽が傾いていた。橙色の空に黒鳥が連なって飛んでいる。
リカが村に戻ると、村の子ども達が走ってきた。年の頃は五から十といったところだろうか。彼の腰くらいの高さの子ども達が三人ほど集まった。
「リカー! おせぇよ!」
「リカ! お土産は?」
「リカちゃん。おかえりー」
リカは子ども達を、はいはい、と適当にあしらって、村の中を歩いて行く。子ども達も土産がないと知ると、用はないとばかりに走って去って行った。
リカは歩きながら、大事なことを思い出したらしく、振り返ってヴァンに話しかけてきた。
「あ、ごめん。オレの家に行く前に、ばあ様のところに顔出してもらってもいい?」
「ばあ様……?」
「うん。この村の生き字引で、占い師なんだ。ここに来る人は、必ずばあ様に顔を見せるってのが、決まってるんだよ」
「そうなのか」
小さな村の独特な風習だろうか。特に困ることがあるわけでもないので、リカの後を追って、まずは、ばあ様とやらの家へ向かった。
リカが古ぼけた家の戸をドンドンと叩く。あまりに強く叩くので、こっちが驚くほどだ。
「ばーちゃん! オレ! リカ! 村に入れたい人がいるから、連れてきた!」
リカが何度か叩き続けていると、その戸がガラリと開いた。
「やーかましい! そんなに何度も叩かんでも、聞こえておるわ!」
そこに現れたのは、リカの腰ほどにも満たない背の低い老婆。手に持った杖を振って、リカの足の脛をびしっと叩いた。
「いってぇ! ばーちゃん痛いんだけど!?」
「お前の力で叩かれたら、そのうちこの家が壊れるわ。このアホタレ!」
生き字引、と聞いていたので、勝手な印象でもうヨボヨボとした人間なのだろうと思っていた。顔は皺だらけではあるが、とても元気な老婆だ。老婆がこちらに目を向ける。上から下へと視線を動かした。
「……お前が連れてきたのは、この者か」
「そう。名前はヴァンさん。オレの家に連れて行きたいんだけど、いいかな?」
「ふむ。そうじゃのぉ……ちぃとばかり、この婆と話をしてからじゃな」
老婆がそう言うと、リカは目をぱちくりとさせた。いつもの老婆の反応ではない、ということだろうか。こちらに顔を向けたと思ったら、またすぐに老婆の顔を見た。
「ばーちゃんが話……? 珍しいね」
「……そりゃ、顔のいい男はしっかりと拝むのが礼儀というものじゃ」
老婆はかっかっかっと声を上げ、笑いながら家の中に戻って行く。リカも老婆の後を追うように中に入っていた。ヴァンもふたりの後に続いて、その家の敷居を跨ぐ。
「リカ。靴を脱ぐ前に、ちょいと茶を用意してくれんか?」
「うん。わかった」
「ヴァンと言ったか……お前さんはこっちじゃ」
リカは、土間続きになっている隣へ移動した。どうやらそこは炊事場になっているらしい。ヴァンはちらっとリカの姿を見た後で、老婆の後をついて行く。そして、通された部屋の床に腰を下ろした。質素な部屋には、薄っぺらい座布団があり、それを使え、と老婆に渡されたので、それを尻の下に敷く。
小さな卓の向かい側に老婆も座った。それまで、にこにこと笑っていた顔が真顔に変わり、皺の寄った小さな目が開かれる。
「さて、お主は何者じゃ……? 人では、なかろう?」
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