第30話 立て看板
町に滞在して三日目。
リカが広場で肉の串焼きを買っていたとき、町の出入り口の方角へ、走る人の姿が多くあった。広場にいる人達もざわついて、不安を口にしている。
「なんだ……?」
「なにかあったのかな? オレ、ちょっと見てきます!」
リカは、ぱくぱくと残りを食べ終わると、串を桶に投げ入れて走って行く。ヴァンも慌てて彼の後を追いかけて行った。人だかりに近づくと、大きな声が聞こえる。ヴァンは、リカに追いつくと彼の腕を握った。
「おい……!」
「…………」
リカは一点を見つめている。ヴァンは、彼の視線を追った。その先には立て看板があり、その立て看板の下には、切り取られた手足が無造作に転がっている。
『運命の青年に告ぐ。墓地に来い。来なければ、またひとりこのような最期を迎えることになるだろう』
リカはふらりと前に出た。人垣を掻き分けて、ふらふらと吸い寄せられるように、切り取られた腕と足の前にたどり着く。震える手でその手足を抱き寄せた。リカの手の中にあるのは、彼よりも遥かに小さな──子どもの手。
ヴァンは、チッと舌打ちをしてから、人垣を掻き分けて、リカに近づいた。彼の手から子どもの手足を叩き落とすと、首根っこを掴まえて引きずるようにして、その場を去る。
あの集まりの中に、リカの村を襲った奴らがいただろうか。もし、いたとしたら、リカが運命の青年であることが分かってしまっただろう。すぐにこの町を出なければ危ない。
ヴァンはリカを引きずって、少しばかり迂回しながら宿屋へ戻った。
**
「……どうしよう。ヴァンさん……オレは、どうすれば……」
リカはベッドに座ったまま、動けないでいた。話を聞けば、あの手足は、自分も見た三人の子どものうちのひとりのものだったようだ。
ヴァンは、動けないでいるリカの代わりに荷物を纏める。そして彼にフードを被せてから、また引きずって歩かせ、宿屋を後にした。
街の外に出ようとして、リカはまた立て看板の方を見る。それまで引きずられていた足に、ぐっと力を入れてヴァンの動きを止めた。
「……老婆の話では、王に捕まってはいけないんだろう? なにがあっても逃げろ、そうじゃなかったのか?」
「……っ!」
「歯を食いしばって、身を切る思いで、老婆の言葉に従ってこの町まで逃げてきたんだ。のこのこと出て行けば、それは無駄になってしまうぞ」
立て看板が指している他の最期の者が、他の子どもなのか、村人なのかわからないが、見捨てるのが正解だ、とヴァンは思った。しかし、リカはそれを見捨てることができないだろう、とも思った。
リカが顔を上げる。その顔には、決意を固めた表情が浮かんでいた。
「ごめんなさい。でも、オレには見捨てることができない」
「……そうか」
「だから、ここからはオレひとりで──」
「行くぞ」
リカの頭に自分の手をぽんと乗せる。墓地はどっちだ、と彼に問いかけた。リカは、ぐっと息を詰めた後、こっちです、と言ってヴァンを案内するために先頭を歩いたのだった。
墓地に到着すると、あの村で見たことのある甲冑の男が立っていた。その男の手には子どもがぶら下っている。子どもはリカの姿を見て、ぽろぽろと泣き出し、しきりに、「リカぁ」と声をあげた。
「離せ! その手を離せ!! お前達が探している『運命の青年』は、このオレだ!!」
「……お前が? 本物だという証拠は?」
リカはそう問われて、腰に差していた短剣を取り出した。甲冑の男に近づいて、短剣の鞘を外し、そこに刻まれた紋様を見せる。
「……本物のようだな」
「さっさとその子を離せっ!」
「ああ。わかった」
甲冑の男はそう言うと、子どもの背から心臓を一突きした。子どもは目を見開き、口から血を吐き出す。ごぼりと流れ出る赤色を見て、リカは目を見開いた。
「な、んで……?」
「王命だから仕方がない。『運命の青年』をこちら側に引き込むために必要なことなのだ」
「引き込む……?」
子どもの身体から剣を引き抜いた甲冑の男は、子どもの手を離す。その場にどさりと落ちた子どもの身体を、リカは抱きあげた。
「なあ……おい!」
身体を揺らすが、もう反応はない。子どもの目は光を差さず、口からはまだ血が流れ続けていた。リカは嗚咽を漏らしながら、その身体を揺らし続ける。甲冑の男がリカの腕を取り、引きずるように立たせた。そして、こちらに来てもらおう、と言って、そのまま連れ去ろうとする。
「……ちょっと待て」
ヴァンは、甲冑男の手首をぐっと押さえる。
「なにをそんなに急いでいるのか知らんが、まずお前が殺したこの子どもをきちんと弔え」
「ヴァン、さん……」
「貴様……王命に逆らうのか」
「王の命令というのなら尚更だ。この国の王は、子どもを弔うことすらしないのか? 臣下の行動ひとつが民に不信を抱かせ、王への信頼を損ねる場合もある。このような横暴は……噂となって、すぐに広まるぞ?」
甲冑の男はヴァンの言葉を聞いて、押し黙った。どうやら、脅しは伝わったらしい。王への不信を広める、とそう言ったのだ。一度、民の間に広まったものを鎮めることは難しいだろう。
甲冑の男は、リカを掴んでいた手を離すと、子どもの遺体を抱き上げた。そして、リカに話しかけてくる。
「言っておくが、逃げれば他に捕らえてある子どもが殺されるぞ」
「……他にって、なんだよ? まさか……」
「なるほどな。だから、ひとりは見せしめとして殺したというわけか」
「……見せしめ?」
ヴァンの言葉を聞いて、リカはぶるぶると震え始めた。拳を力いっぱい握りしめて、甲冑の男を睨みつけ叫んだ。
「こいつがなにしたって言うんだ! なにもしてないだろ!?」
「そうだな。なにもしていない。だが、お前をあぶり出し、王の御前に連れて行くために必要なことだった」
「殺さなくても良かっただろ!」
「殺さなければ、お前は逃げ出すことを考えたかもしれない。その可能性を潰すために殺したのだ」
ううっと喉を詰まらせながら泣くリカに代わり、ヴァンが口を開く。
「このような状態で、王に会い、この者がその王の言うことを聞くと思うのか?」
「聞きたくなくても聞かなければ困ることになるのは、こちらではなくお前達だぞ」
「……その困ることというのが、他の子ども達、というわけか?」
「人聞きが悪いことを言うな。王は、運命の青年に関係ある子どもを『保護』しただけだ」
「保護。随分と聞き触りの良い言葉に変えたな。この者を脅すための道具にしたのだろう?」
「……それは、私は王ではないから、なんとも答えようがないな」
甲冑の男はそう言うと、子どもの遺体を墓地の中の少し窪んだところまで運んだ。遺体をゆっくり置いて、上から土を被せる。子どもの姿が土で完全に見えなくなり、少し丸い山の形に固めると甲冑男は立ち上がり、そこから離れた。
リカは、近くに咲いていた野花を数本摘み取ってきて、子どもが眠る場所に添える。
ヴァンは甲冑の男の隣に立って、彼の行動を見つめつつ、口を開いた。
「村は焼いたのか?」
「……ああ」
「生き残っているのは、『保護』した子どもだけか?」
「……そうだな」
「なぜ、それほど『運命の青年』とやらを欲しがるのか、理由を知っているか?」
「私の口からは言えぬ。王に謁見した際に、お前達が直接聞くといい」
王に捕まるなと言われていたリカは、捕まってしまった。まだ、今なら逃げることもできるだろうが、彼はきっと逃げないだろう。村の子どもの命を人質に取られてしまっているから。
──運命に翻弄される……悲しいことが待っている。
あの老婆が言っていたことが本当になるのだとすれば、リカの行く先にもっと悲しいことが待っているというのだろうか。クチカによく似たあの青年に、悲劇が待っていると。
子どもの墓前で、背中を丸めて震えている青年を、ヴァンはじっと見つめる。もう少しだけ彼のそばについていよう、とそう思うのだった。
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