第31話 運命の青年
子どもを弔った後、ヴァンとリカは甲冑の男と共に王都を訪れた。
長旅だったこともあり、ヴァンの服は、薄汚れたものから更に汚れを増している。王に謁見する前に身なりを整えろ、と言われたので、風呂を借り、服を着替えた。
真新しいターバンと服に着替えると、リカと控えの部屋で合流する。彼はほぅっと息を吐いた。
「リカ、どうした?」
「あ、いやぁ……ヴァンさんって、すっごい男前だったんですね」
「そんな、ため息を吐くほど俺は汚れていたのか」
「あー……否定はしません」
あまり小綺麗だと目立つからと気をつけていたのだが、どうやらやりすぎていたようだ。ヴァンは、リカの言葉にくくっと笑う。
「お前も男前になったじゃないか」
「……そうですか?」
自分が変わったのは服のおかげと思ったのか、リカは下を向いて、身体を捻りながら服を確認していた。
そういえば、クチカも城に来た日に、こんなに良い服を着てもいいのかと気後れしていたな、と思い出し、白くふんわりとした頭をくしゃくしゃと撫でる。
リカはくしゃくしゃになってしまった髪を整えながら、ヴァンに抗議した。
「ヴァンさんって、オレのこと子ども扱いしてません? オレのほうが背は高いのに……」
「実際、お前は年下だろう? 実は、俺にもお前くらいの弟みたいなのがいてな。つい、そいつを思い出してしまうんだ」
「もう! だったら、その弟さんの頭を撫でたらいいじゃないですか!」
「悪いな。もう……そいつは死んでいないんだ」
「……えっ?」
そう言った直後に、ヴァンとリカが控えていた部屋の扉が開いた。甲冑の男が現れて、ついて来るようにと促される。城の広い廊下を歩いて、大きな扉の前に立つ。扉が開かれると、檀上には、王と思われる人物が玉座に座っていた。
広間の赤い布地が敷いてあるところを歩いて、その玉座の方へ歩いて行く。前を歩く甲冑の男が足を止めたところで、自分達も足を止めた。
人族の国の王が、一方的に語りかける。ヴァンはそれをただ聞いていた。長く、無駄な話が終わり、ようやく本題に入る。王はリカに王命を下す
「この世界の悪の権化である、魔ノ国の王──魔王を打ち倒してほしい! それができるのは、『聖なる剣』を持って生まれた『運命の青年』である、そなたしかいないのだ!」
「…………」
「運命の青年──『勇者』よ! その剣の力を持って、魔王の心臓を取ってまいれ!」
ヴァンは王の話を聞いて、やはり、と思った。あの短剣を見たときの背中の震えはそのせいだったかと、確信する。リカは、キッと睨むように王を見上げて、口を開いた。
「……魔王を倒して終わりではないのですか? 心臓を取ってくる必要があるのは、なぜですか?」
「そなたは知らぬのか? あそこの王は不老不死だと言われている。その魔王の心臓を持ち帰れば、不老不死の謎が解明されるかもしれないのだよ」
「万が一、心臓を持ち帰れなかったら……?」
「はて、そうだな。もしかすると、保護した子どもが不慮の事故に遭うこともあるやもしれんな?」
「……っ!」
目の前の王は、白く長いひげを撫でつけながら、そう答えた。
ヴァンは下を向きながら、くっと笑う。
(まったく……どちらが悪なのか、これでは、わからんな)
正義を謳う王が、人質を取って勇者を脅すのか。人族の国の正義とは、随分と都合がいいらしい。
「なに、そなたひとりに魔王討伐を任せるわけではない。もちろん数人ほど『仲間』を連れて行くがよい。我が国一番の騎士と魔法が使える半獣魔人、それと薬師を」
王がそう言うと、リカの隣に三人の男が並んだ。
自分達をここに連れてきた甲冑の男と浅黒い肌に銀色の髪、紅の瞳をした半獣魔と丸い眼鏡をかけ、顔にそばかすのある男。──『仲間』という名の監視だ。
魔王を討伐するまで、勇者には逃げる選択肢は与えられない。
魔王の心臓をその聖なる剣で抉りだした後、リカはどうなるのだろうか。利用価値があれば生かし、なければ、この王は殺すのだろう。
クチカによく似た青年は、若くして命を落とすことになるのだろうか。
そうはさせない、そうはさせまい、という気持ちが自然と湧いてくる。
(リカは俺の番ではないのに、守りたくなる気持ちが湧いてくるのは、『勇者』だからだろうか?)
表向きは、人族の国代表が交流目的の訪問、という形をとるようだ。書簡には本物の王印が押されており、なにも知らなければ、そのまま魔城の中まで問題なく入ることができるだろう。
旅の支度が整い、彼らが城を出ようとしていたところで、ヴァンはリカに駆け寄った。青い顔をしたままの彼の腕をぐっと掴む。
「ヴァンさん……?」
「リカ。なぜ俺を置いて行こうとしているんだ。途中まで一緒に行く約束をしていただろう」
「約束……?」
「村のばあ様に、お前のことを頼まれたと言っただろう? 俺もついて行くぞ」
味方のいない魔王討伐隊に自分も加わると言うと、リカの顔はほっとした表情を見せた後で、すぐに沈んだ顔をした。
俯いたのリカの頭をヴァンは、くしゃりと撫でる。
「ヴァンさん……危険なことに巻き込まれますよ。最悪の場合は、殺される可能性も」
「心配するな。俺は死なん」
「ふふっ……そんな、魔王じゃないんだから」
「久々に笑顔が出たな。お前はそうやって笑ってろ」
その顔は笑ってるほうが似合う。もう一度リカの頭をくしゃりと撫でた。
ヴァンは、甲冑の男に顔を向けて話しかける。
「……というわけだ。俺が加わっても問題あるまい?」
「我々の邪魔をしないのなら、問題ないだろう」
「この国で一番の騎士様だしな。なにかあれば俺を切り捨てればいい」
「──ッ! そんなことはさせません!」
リカが噛みつくように間に入ってきた。ヴァンは落ち着けとばかりに、おでこを弾く。それから、彼の背を軽く叩いて出発を促した。
リカがこちらを見て、こくりとうなずく。
改めて、五人で魔ノ国を目指して歩き始めたのだった。
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