第22話 反発

「クチカ! ブラッド!」


 ヴァンは走りながら、ふたりに声をかける。彼らの元に飛んできていたものは──矢。

 最初に飛んできた矢以外は、全てブラッドが叩き落していた。足元には何本もの矢が転がっている。


「ヴァン……さま……」


 クチカは片膝をついて、うずくまっている。最初に飛んできた矢は、彼の左側の腕に刺さっていた。


「少し待て。いま取ってやる」


 ヴァンは、彼の腕を抑えて、矢をずるりと引き抜いた。そのとき、クチカの喉から絞り出すような叫び声が響く。それから、ヴァンは彼の腕を掴んで、矢が刺さっていた腕に舌を這わせた。魔力を流し込み、その傷を塞ごうと試みる。


「──ガッ! アァアアア!!」

「……クチカ?」


 クチカが、ヴァンを突き飛ばした。彼は左腕を右手で押さえて、地面に転がり悶え苦しんでいる。冷汗とも脂汗とも取れるような汗が、額から大量に流れていた。異常ともいえるその反応を見下ろしながら、ヴァンは思考を巡らせている。


(おかしい……なぜだ? なぜ苦しむ?)


「王よ……これはもしや、毒なのでは?」

「毒……?」


 ブラッドにそう言われて、ハッとした。先ほどクチカの腕から引き抜いた矢の先を、しっかり見る。矢じりの辺りを凝視して、ヴァンはそれをペロッと舐めた。


「誰かの血が混じっている。この力は……鬼か?」


 ヴァンは舐めたものを口からブッと吐き出す。クチカには、魔ノ国へ来たとき、言葉に困らないようにと、自分の魔力を流し込んでいた。

 魔王の力が流れている身体に、鬼の血──別の魔力が混ざり込み、そこへ更に魔王の力が加わったことで、クチカの体内で反発が起き、それで苦しんでいるのだとようやく気づく。


「ブラッド! クチカの身体を抑えろ!」

「──ハッ!」

「う……ぎぃ……ヴ」

「もう少しだけ辛抱しろ。大丈夫だ。異物は全部吸い出してやる」


 ブラッドがクチカの身体を押さえつけた。ヴァンは左腕を手に取り、もう一度その傷に舌を這わせる。ぺろりとひと舐めした後、唇で傷全体を覆い、力強く吸った。

 クチカの体内に入った血を吸い、じわじわと流れ広がっていく鬼の力の跡を追いかけて、それを吸い出す。


(これで、全部か?)


 鬼の力の痕跡が見当たらなくなったところで、ヴァンは腕から口を離した。

 クチカも反発による苦しみから解放されたおかげか、表情が険しいものではなくなっている。はぁはぁとまだ呼吸は荒れているが、もう大丈夫だろう。


(良かった……)


 ヴァンは、ほっとした後で、口の中に含んでいたものをブッと吐き出す。舌先がピリピリとひりついた。反発の強い魔力が、口の中に入っていたからだ。


「──ぐっ」


 ドクンッ──心臓が大きく跳ねる。クチカの血が口に入ったことで、身体が反応し始めた。腹の辺りが、きゅうっと締め付けられる。ぐるぐるとうごめき始めるのを感じた。腹にぐっと力を入れ、己の身体を制御する。

 ブラッドが、クチカの腕に白い布を巻きつけて、応急処置を行っていた。あとは時間が経てば、送り込んだ魔力で傷も完全に塞がるだろう。


 ヴァンはもう一度、周囲を見回した。自分達をおびやかす輩が見当たらないことを確認して、立ち上がる。


「クチカはそこにいなさい。ブラッドは俺と一緒に来い」

「──ハッ!」


 草原の中に隠れていた、不届き者達が、転がっている場所へ向かった。こと切れて、地面に突っ伏している三人を仰向けにする。三人とも覆面をしていて、顔がわからない。

 ヴァンはしゃがんで、その面を剥いだ。男がふたりと女がひとり。男の顔どこかで見た気がする。しかし、名前までは思い出せない。女のほうは、覚えのある人物だった。


「シルゥ……か?」


 なぜこの女がここにいる。五年前、祭りの最終日。この女は、クチカを窓から突き落とし、殺そうとしていた。それを寸でのところで自分が捕らえた。その後はブラッドが彼女を連れ去って行ったはずだ。──処分するために。


「ブラッド……なぜ、この女が生きていた? 俺の言葉は『絶対』だと、そう言ったのはお前じゃなかったのか……クチカを傷つけた者が、なぜ今まで生きていたのだ!?  答えろ!」


 ヴァンは後ろを振り返った。魔眼は、ブラッドを睨みつける。ブラッドは表情を変えることもなく、ヴァンを見つめながら、口を開いた。


「こうして、確かめるためです。王よ」

「……確かめる? なにをだ」

「貴方様があの子どもを連れ帰ったあの日から、ずっと心に引っかかっていたのですよ。『非常食』と言いながら、勉学を教え、身体を鍛える。ただの家畜であれば、そのようなことは必要ないはずです」

「美味くなるためだ、と言っていたと思うが?」

「ええ。そうですね。表向きはそのように『設定』されたのだ──と考えました。だから、少しずつ時間をかけて確認したのです。最初は王の話の本を与え、次に空腹時を狙って、彼には貴方様の部屋へと足を運んでもらった。彼への虐めは想定外でしたが、しかしその後で、貴方様は侮られない王になろうと、いままで緩めていた手綱を締め始めた……!」


 ブラッドは恍惚の笑みを浮かべた。ヴァンに近づき、隣に並ぶとしゃがみ込んだ。首がねじれて、こと切れたシルゥの顔を両手で軽く持ち上げ、更に言葉を続けた。


「優しき王が、理想の王へ変化しつつある、と心が震えました。あとは、早く伴侶を得て、子をもうけていただきたい。そう願っていたのに、貴方様は伴侶を選ばなかった。最後の王族なのに、その血を絶やしてはならないのに、と激しく憤りを覚えました。でもその一方で、やはりなと思う自分もいました」

「…………」

「伴侶も子どもも必要ない。それはクチカ殿が『番』だからなのでは、と。先ほども言ったように、最初から彼の存在が気になっていた。なので、貴方様に気づかれぬよう秘密裏に動いたのです。長かった……しかし、時間をかけただけのことはあった」

「時間をかけた……?」

「はい。この男の顔にどこか見覚えはありませんか?」


 ブラッドは、シルゥの頭を置いて、その横に転がっている男の顔を指さす。

 ヴァンは眉を寄せた。確かにどこか見覚えがある気がするのだが、先ほども思い出せなかったのだ。

 ヴァンの様子を見たブラッドは、すぐに答えを口にする。


「この者は、六年前に魔石を密輸していた領主の息子です」

「……っ!!」


 ──そうだ。思い出した。確かにこの顔には、あの者の面影がある。


「貴方様や、クチカ殿へ憎悪を持つ者達を集め、このような危険な目に合わせてしまい申し訳ございませんでした。しかし、それだけの収穫がありました。もう、これで王を失う心配をしなくて済むかもしれない……」


 ブラッドはゆっくり立ち上がった。そしてこちらを、じっと見つめる。

 

「私の不敬をお許しください」


 ブラッドはいつの間にか短剣を抜いていた。

 そしてその短剣を──ヴァンの足に突き刺したのだった。

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