第25話 五百年後

 クチカを失った後、魔ノ国ではお祭り騒ぎになった。

 魔王が永遠の時を得た、と知れ渡ったからだ。ヴァンが言ったわけでも、ブラッドが言いふらしたわけでもない。大きく成長した魔王の角が、それを表していた。


 最後の王族は運命の番の心臓を食べた。老いることも死ぬこともない。

 それを知った重臣達は良かった良かったと、喜びと祝いの言葉を口にする。

 なにが良いものか、とヴァンは声を発すると、その場でその者達の首を飛ばした。


「──粛清だ」


 不老不死となったヴァンは、優しき王と呼ばれていた頃に比べ、すっかり人が変わってしまったようだ、と囁かれるようになった。

 今までであれば見逃していた不正も、許していた不義も、全てを断罪していく。

 ヴァンは次第に壁の中でも外でも、『冷酷王』と恐れられるようになっていった。



 ──そうして五百年の時間ときが過ぎた。


 姿形の変わらないヴァンを見て、人族の国々は、魔ノ国の王が不老不死になったのだとようやく知った。魔石に続き、不老不死。人族の、特に王族はその秘密を喉から手が出るほど欲しがった。


 最初の二百年間は、戦争を。

 次の二百年は、間者と婚姻を。

 そして現在──



 自室の扉がコンコンと叩かれる。

 ヴァンは控えの者に合図を送り、その扉を開けさせた。


「失礼いたします」

「ブラッドか。なんだ?」

「先日、人族の国から送られてきた『勇者』を処分いたしました」

「……なんだ。また偽物だったか。わかった。ご苦労」

「──ハッ」


 ブラッドはそれだけ伝えると去って行く。扉が閉まると、ヴァンは立ち上がって、窓に近づき、外を眺めた。


 ブラッドがクチカを殺したあの日、ブラッドをくびり殺してやりたい気持ちでいっぱいだったが、寸でのところでそれを抑えた。

 殺したところで、クチカが生き返るわけでもない。それに『魔王』に忠実な存在である彼は、今後、二度と、自分を裏切ることはないだろう。

 であれば、生かして、その命が消えるまで、使って使って、使い倒してやろう。最後には死ぬよりも苦しい絶望を与えてやろう。そう思い、彼には自分の血を分け与え、その命を引き延ばしている。


(また、勇者もどきだったか……)


 五百年という時が経ち、壁の向こう側──人間と獣人の国々は、『勇者』と呼ばれる若者を、魔ノ国に送り込んでくるようになった。


 ──悪の権化である魔王を倒し、我々の手で平和な世界を取り戻そう。


 それを旗印に掲げているが、彼らの目的は、魔石と不老不死の秘密だ。魔石を奪い取るために、不老不死を知るために、その国々で力のある若者を『勇者』に祭り上げていた。

 今日もまたひとり、送り込まれてきたが、この城にたどり着く前に、殺されてしまったようだ。


(長い時間ときを生きるのは、退屈だ。国は、安定するがな……)


 目を閉じると、まぶたの裏にクチカの笑顔が浮かび上がる。そして、彼が最期に言ったお願いごとを思い出していた。先ほど、この国に送り込まれた『勇者』も処分したのであれば、少しの間はここも平和だろう。


『代わりに、外を見てくれませんか?』


 クチカと出会い、歩いた道をもう一度、なぞるように旅するのも良いかもしれない。ヴァンは、控えの者に服の準備とブラッドへの伝言を頼んだ。


「数年ほど旅に出る。お前ならその間、この国を保つことができるだろう。よろしく頼む、と伝えてくれ」


 控えの者はぺこりとお辞儀をして消える。服を持って現れ、またすぐに消えた。服を受け取ったヴァンは、急ぎ着替える。頭にターバンを巻いて、姿見を確認すると、そこにはクチカに出会った頃の自分の姿があった。

 薄汚れた服に、くたびれたマント。頭の角が不自然なふくらみを形成しているが、そんなに気にすることもないだろう。目立つようであれば、力を使って隠せばいい。


 ブラッドがここに来る前に、城を抜け出そう。そう思ったヴァンは、すぐに自室を出た。城を出て、森を目指し、力を使って壁をすり抜けて人族の国の土地に降り立った。


**


(懐かしいな……)


 森を抜けて、街道を歩く。でこぼこと荒れた道は、五百年経っても変わっていない。

 街道の細道と分かれているところに差し掛かった。ヴァンは細い道を選んで歩いて行く。少し進むと岩壁が見えてきた。小川もある。クチカと一緒に野宿した岩穴もまだあった。穴の入り辺りには、落ち葉が溜まっており、最近ここを使っている人間はいなさそうだ。

 薄暗くなる前に、ヴァンは小枝を集めて、入り口に溜まっていた落ち葉に火を点けた。ぱちぱちと音を立てる炎を見つめながら、クチカのことを思い出す。


(ならず者に囲まれていたのに、あの細く小さな身体でよく立ち向かっていったな……)

 

 くすっと笑って、炎の中に小枝を放った。腹の減らないヴァンは、夜が明けるまでずっと焚火を見続けていた。



 ──翌朝。

 ヴァンは焚火の処理をしてから、また歩き出した。細道から、町へ続く街道に合流し、歩き続ける。

 以前、休んだことのある丘の大樹はいつの間にか、なくなっていた。丸い丘が見えるだけで、存在感のある大きな樹の姿は、影も形も見えない。五百年という年月の間に枯れたのか、それとも切り倒されたのか、どちらにせよヴァンは少しばかり寂しさを覚えた。


(この道をあと半時も歩けば、クチカと出会った町に着く)


 あの町に、まだ肉の串焼き屋はあるだろうか。先ほどの大樹のように、町の中も大きく変わっているだろう。そんなことを考えながら、ヴァンは歩みを進めた。


 ようやく到着した町は、以前と比べて少し大きくなっていた。町を囲う外壁、出入り口の門は大きく、丈夫になっている。活気も以前よりあるように思えるが、なにせ五百年前だ。クチカに関する記憶以外はおぼろげだった。

 ヴァンは町の中心の広場を目指した。広場に近づくにつれ、鼻の奥に良い匂いが届く。屋台が立ち並ぶ中、ヴァンは串焼き屋の前に行くと、店主に肉の串焼きを一本欲しいと頼んだ。


「あの頃と変わらんな……」


 長椅子に座って、買った串焼きをじっと見つめる。クチカはこれを食べていたな、と感傷に浸っていると、元気な声が聞こえてきた。


「おっちゃーん! 串焼き一本ちょーだい!」

「おう、残念だったな坊主。さっき売り切れちまったよ」

「ええー! オレ楽しみにしてたのにー!」

「食いたきゃもう少し早く来るんだな」


 ちぇっと言う声と共に振り返った声の主は、白い髪をした人間の青年。空色の瞳を持った青年だった。ヴァンは、思わず目を見開いた。


(──似ている)


 ドクドクと心臓が音を立てる。似ていても彼ではない。そんなことはわかっている。だが、とても似ている。


 空色の瞳と自分の瞳が、宙でぶつかった。その青年はにこっと笑うと、ヴァンの方へやってくる。そして目の前で立ち止まって、声をかけてきた。


「ねぇ、それ食べないの? 食べないのなら、オレに譲ってくれない?」


 陽の光が眩しい。雲ひとつない晴天。

 透き通ったた青い瞳を持つ青年に、ヴァンの心は囚われたのだった。

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