王の番餐(ばんさん)~優しき魔王はその心臓を食べたくない~

椿原守

第1話 おとぎ話

 むかしむかし、あるところに、ひとりの王さまがいました。


 ある日、王さまはケモノをおって、森のおくへと行きました。


 森のおくふかくには泉があり、そこには、とてもうつくしい『人』がいました。


 その人を見た王さまは、どきどきする心をとめることができません。


 ああ、『うんめいの人』よ。わたしと、ずっといっしょにいておくれ。


『うんめいの人』をみつけた王さまは、その人を、ころしました。


 そして、しんぞうをとりだすと、むしゃむしゃ、むしゃむしゃ、と食べました。


 ***


「ねぇ、かぁさま。どうして、王さまは『うんめいの人』をころしちゃうの?」


 丸いパンのように小さく可愛らしい手が、ドレスの裾をぎゅっと掴む。

 その手を優しく包むように、指先までしっかりと手入れされた滑らかな手が、ふわりと置かれた。


「それはね。王が王であり続けるためには、必要だからよ」

「『うんめいの人』がかわいそうです」

「本当にそうかしら? 王の身体の一部になれるのよ。それはとても尊いことだわ」


 滑らかな手は、膝に置いた絵本のページをめくる。

 そして、鈴を転がすような声で、その続きを読み始めた。

 ドレスを掴む小さな手は、更にぎゅっと力を入れ、その皺を深くする。


「……かぁさま。王さまもかわいそうです。ずっとひとりぼっちは、かわいそうです」

「ヴァン。貴方は優しい子ね。大丈夫よ。王が王をやめたくなった、そのときは────が現れて、その時間ときを止めてくれるのよ」

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