第3話 好き。お兄ちゃん。

――式乃の心の傷は俺が治すよ。


 そんなことを誓った翌日の朝。


 いつもなら目覚まし時計によって強引に起こされるところだが、今日はジリジリとうるさい音ではなく、別のものによって起こされた。




「……おにい……ちゃん……」




 ギョッとする。


 ベッドの上で目を覚ますと、真横にはすやすやと気持ちよさそうに眠る式乃の姿があった。


 驚きが隠せない。


 昨日寝る時、俺は確かに一人でベッドへ入り、一人で眠りについた。


 故に考えられるとするならば、俺が眠っている隙を突き、式乃がベッドへ忍び込んできたということだ。


 信じられない。


 慰め役を買って出たとはいえ、昨日まであんなに俺たちの距離は空いていたのに。


 昨日の夕方の約束だけでここまでになってしまうのか。


 我が義妹ながら心配になる。


彼氏に振られて、男の人の温もりを感じられるなら誰でもいい、みたいな考えに走ってるんじゃないだろうか。


 だとしたらそれはかなり問題だ。


 こんなこと言いたくないけど、ビ●チ一歩手前過ぎる思考でしかない。


 どうにかしてあげないと……。


「んん……おにいちゃん……えへへ……おにぃちゃぁん……」


「ぅぐっ……。ちょ、し、式乃……さすがに抱き着きす――ぎぃ……!?」


 俺の腕を愛おしそうに抱きながらむにゃむにゃしている式乃。


 だが、こっちはこっちでとんでもないものを目にし、つい大きめの声を出してしまう。


 そのせいで眠っていた式乃も目を覚ましてしまった。


 薄っすら目を開け、その目を軽く擦りながら挨拶してくる。


「おはよ……お兄ちゃん……」


「し、式乃さん!? おはようなのはいいけどね、ちょ、ちょっとあなた、ふ、ふ、ふっ!」


「ふっふっふ? ……えへへぇ。何がそんなに面白いのぉ?」


 にへら、と笑みながらまた抱き着いてくる。すごい恰好してるのに。


「ち、違うし、ちょっと今抱き着かないで!? 面白いとかじゃなく、そもそもそんな『ふっふっふ』って悪役キャラみたいな感じで笑ってるわけでもないから! ふ、服だよ! 服! 何で思い切り下着姿なんだお前は!?」


「ん~? あれ~? ほんとだ~。おかしいなぁ~」


「全然おかしそうじゃないけど!? 計画通り、みたいにニヤケてないでもっとおかしそうに恥じらって!? ラノベの女の子キャラみたいに!」


「ひゃん……! お兄ちゃんの……えっち……! でも、もっと……いいよ……?」


「遅いわ! あと、さらに脱がすのを求めてこないで!? そこまで行っちゃうとただのエロ同人だから!」


「違うよ、お兄ちゃん。エロ同人はこんなものじゃない。エロ同人だと『あの人のモノは●●君と違ってもっと大きいの』とか、『私の欲しいの、あの人ならもっとくれるの』みたいな責めたセリフ言っちゃってる」


「それ完全にNTRモノじゃんか! こんな時にえげつなのぶち込んでくるなよ! てか、今そんな話してないわ! お前が何で下着姿で俺の布団の中潜り込んで来てるのかって話してんの! ほんとなんで!?」


「……だってお兄ちゃん……昨日私に言ってくれたもん。お前のこと……慰めてやるって……」


 一転して恥じらうような表情で言う式乃。


 普段通りしおらしくなればやっぱりとんでもない可愛さ。


 思わずうろたえてしまったのだが、俺は誤魔化すように布団から出て、毛布で式乃体をグルグル巻きにする。


 今の季節は秋だ。ただでさえ何も着てなかったら寒いだろうに、ほんとこの妹は……。


「そ、それは確かに言ったよ。妹が辛い目にあってんだ。どうにかしてあげるのが兄の役目ってもんだからな」


「……ありがと……」


「っ……!」


 頬を若干朱に染め、柔らかい笑みを浮かべながら俺に感謝の言葉をくれる式乃。


 ベッドの上で毛布にくるまり、女の子座りしてるのも相まってか、めちゃくちゃ絵になっていた。


 その光景に言葉を失っていた俺は、少しして首を横に振りながら我に返る。


 慌ててゴホンと咳払いし、続けた。


「て、ていうかだな。俺が慰めてあげるのはいいとして、なんかお前キャラまで変わってないか? 昨日までは何というかこう……もっと俺のこと嫌ってたじゃん。近付くな、みたいな感じでさ」


「そ、それは違うよ!」


 強く返される。


 少しびっくりしてしまった。


 式乃の方をジッと見つめる。


「それは違うの……。私……別にお兄ちゃんのことが嫌いだったわけじゃない……」


「……? じゃあなんで俺のことを避けて……?」


「うぅ……そ、それは……」


 その場でもじもじし、チラッと俺の方を見やってくる式乃。


 頬を朱に染め、恥ずかしそうにしてる。


 なんだかこっちまで恥ずかしくなってきた。


「そ、その……えっと……」


「う、うん」


「それは……お、お兄ちゃんのことが……好きだった……から」


「へ……!?」


「お父さんがお母さんと再婚して、出会った時からずっとずっとずっとずっとずっとずっっっっっと……好きだったの。だから……結婚できる歳が近くなってきて……私の方が意識し過ぎて……でも兄妹だしって思って……避けてた」


「……??? え……!? え……!?」


「約束……してたよね? 結婚しようって。でも、血の繋がりがないとはいえ、私たちは兄妹だから……。絶対に認めてもらえないし、私も諦めようと思って他の男の子を好きになろうとして、頑張って彼氏を作ったんだ」


「……あ、あぁ……」


「そしたら、その男の子は他の女の子に取られちゃった。お兄ちゃん程ではないけれど、ちゃんと好きだったのに。私が重いからって理由で……」


「し、式乃……」


 式乃の声は震えていく。


 元彼氏のこともちゃんと好きだった。


 その言葉に嘘偽りは無いようだ。泣いてしまうほどだなんて。


「好きになったら……仲良くなりたいって……大切にしたいって思うのが普通じゃないのかな……? 重たいって……私の何が問題だったんだろ……? わからない……全然わからないの……」


「っ……」


「教えて……? お兄ちゃん……? 重たくない女の子って……どんな子? 私……それがわかんない……わかんないよぉ……」


 朝っぱらから泣くことはない。


 俺は式乃の方へ歩み寄り、昔のように頭の上へ手を置いた。


 妹の想いを聞かなかったらできなかったことだ。


 昔はよくしていたことを今ならもうできる。


 サラサラの黒髪を優しく撫でてあげながら、俺は口を開いた。


「重いとか重たくないとか、そういうのは人によって感じ方が違うから何とも言えない」


「……じゃあ、私は――」


「だから、式乃が元彼氏に『重い』なんて言われたのだって、式乃が悪いわけじゃないんだよ。別の人からすれば、お前は別に重たくなくて、最高の彼女になりうるかもしれないんだ」


「そう……なのかな……?」


「そうだよ。だから、そんなに気に病まないでいいよ。今は辛くてきついかもしれないけど、そいつとは相性が悪かっただけだ。相性の良い奴はたくさんいる。次に期待だな」


「………………」


 うん。


 そう頷き、やがて式乃は「でも」と続けてくる。


 その頬はさっきよりも少し赤い。


「私と相性の良い人なんて……きっともう、一人しかいないと思ってる……」


「一人?」


「うん。一人」


 頷いて、式乃は言った。


「お兄ちゃん。もっとこっちへ来て?」


 と。


 何だろう。


 俺は何も疑問に思うことなく妹の方へさらに近付く――


「――!?」


 のだが、急に式乃は近付いた俺の手を引っ張り、自分のいるベッドの上へ引きずり込んできた。


 唐突のことで、俺は前からベッドへ倒れ込んでしまい、


「っ!?」


 式乃を押し倒すような体勢になる。


 俺の下で式乃は毛布をはだけさせ、思い切り下着姿。


 傍から見れば、それはもう男女が行うアレ一歩手前のような形。


 一瞬にして俺は自分の顔が熱くなっていくのを感じ、式乃から離れようとするのだが、それを止められるかのように妹は俺の首へ自分の腕を回し、逃げられないような体勢を作ってきた。


 もはやどうにもできない。


 至近距離で艶っぽい妹をまじまじと見つめることになり、俺の心臓はあり得ないくらい高鳴ってる。


 これは……いったい何が起こってるというんだ……。


「私と相性の良いたった一人の男の子……それは……」


「……し……式乃……」


「……お兄ちゃん。お兄ちゃんなの……」


 ただ、彼氏を寝取られた妹を慰めるだけだと思っていた。


 それなのに……それは俺たちの仲を直すものに留まらず、


「好き。お兄ちゃん……大好き。……お願いします。私と……式乃とお付き合い……してください」


 まさか恋人として関係を始めていくことになるなんて、考えてもいなかったのだった。

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