第13話 見てたよ、お兄ちゃん?
ホームルームが終わって、放課後を迎える。
クラスメイト達は次々と席を立って話し込んだり、移動し始めたりするのだが、俺はそうじゃなかった。
自分の席に座ったまま、一人でぼーっと虚空を眺める。
昼休みのことがなかなか頭から抜けない。
唇に触れた感触も、ありありと残っていた。こんなの、すぐに忘れる方が無理だ。俺なんて童●なんだし。
そうやって不自然にぼーっとしてるから、当然拓夢にも声を掛けられる。
どうしたんだよ、と。
俺は口を半開きにしたまま、無意識のうちにこう返した。
「美少女とのキスって、案外甘くないんだな」
「……は……?」
「もっと甘いもんだとばかり思ってた。甘くてときめいて、胸がどきどきして……今は悪い意味で心臓がバクバク言ってるし、凄い虚無感が襲ってくるし、罪悪感があるよ。拓夢、俺たち童●はちゃんと好きな人で捨てような」
「……ちょい待て。守理、お前何言ってんだ? どういうことだよ? その言い方じゃお前まるで美少女とキスしてきましたみたいに聞こえんだが?」
「しちまったよ。事故で」
「あぁぁぁぁ!?」
――そういうことがあって。
俺は拓夢から延々と質問攻めされるわけだが、事故でキスをしてしまった、ということ以外何も話さずにその場から逃げた。
いつもはこの時間帯になれば式乃が一緒に帰ろうLIMEを送ってくるはずなのに、今日はそれも無し。
やることも無いから、速攻で家へ帰る。
悶々とした思いを抱えた時は、自室のベッドにダイブするのが一番だ。
あの場所は面倒なこととか、訳のわからないことを全部リセットしてくれる安息地。
そうだ。一刻も早くあそこへ行こう。
そんなことを考え、俺は辿り着いた自宅の玄関扉を思い切り開けた。
そして、一瞬にしてその場で固まってしまう。
目の前に、俺が帰るのを今か今かと待ち構えていたであろう女の子が、壁にもたれかかって力なく立っていたから。
「……あ、あれ? 式乃? 何だ? 今日は先に帰ってたのか?」
「………………」
「……? し、式乃?」
明らかに様子が変だ。
話し掛けても無言のまま。
視線は俺の方に向けられず、ただ斜め下の床へやられている。
「式乃? 体調悪いのか? もしかして熱あるのに俺が帰るの待ってくれて――」
言いながら靴を脱ぎ、歩み寄った瞬間だった。
「――!?」
弱っているように見えた式乃が、突然息を吹き返したかのように正面からぶつかってくる。
いや、ぶつかってくるというよりも、体重を預けてきた、というのが正しい。
キャッチされるような形になり、そのまま式乃は俺に抱かれた。
こっちからすれば困惑しかない。
いったいどうしたというのか。
「ほんとどうしたんだよ式乃? 玄関に立ってたの、俺の帰りを待っててくれてたんだよな?」
「………………」
「さっきも聞こうとしたけど、体調悪いのか? 体調悪いんだったらベッドで寝てた方がいい。俺が二階の部屋まで連れて行ってあげるから」
「…………てた」
「……え?」
ぽつりと何か式乃が呟くが、声が小さくて聞き取れない。
俺は妹を抱き寄せながら、口元に耳を軽く近付けた。
その刹那だ。
――はむっ。
囁くような吐息と共に耳に走る柔らかい感触。
「んひぇぁ!?」
反射的に間抜けな声を出し、妹の体から距離を取ってしまう。
式乃が甘噛みしてきた。俺の耳をいきなり。
「なっ、ななっ、し、式乃!? お前いったい何やって――」
「……てた……」
「へ……?」
「見てたの。今日。昼休み」
言われ、俺はすぐに冷や汗を流した。
見てた。今日。昼休み。
その言葉の羅列は、式乃が何を言おうとしているのか、一発でわかる。
よりにもよってあの場を……。
ま、マジか……。
軽くパニックになるも、俺はすぐに誤解を解こうとして切り出した。
「し、式乃! あ、あれは別に俺――」
「うん。知ってる。されたんだよね。お兄ちゃんは」
「あ、そ、そうそう! されたの! キスされただけなんだ俺は!」
「だよね。大丈夫。それくらい私もわかってるよ。お兄ちゃんはされただけ。……あのゴミムシ女にキスされただけ」
「う、うん……」
なぜか声のトーンが低くなり、目の色が恐ろしいものに変わっていく式乃さん。
さっきまでもハイライトが消えてて怖かったけど、今はもっと怖い。そこに静かな攻撃性と確かな殺意が宿ってる。
しまいには口元をゆらっと緩め、クスクス笑い始めた。もはやホラーといってもいい。
「ねぇ、お兄ちゃん?」
「……?」
「今から式乃とえっちなことしよっか?」
「ふぁ!? えっ!? えぇぇっ!?」
「どういうつもりなのかさっぱりわかんないけど、あの女はどうもお兄ちゃんのことも狙ってるみたい。人のモノにばかり手を出すクズ女だってハッキリわかった。だけど、今回だけは絶対に絶対に絶対に絶対にぜっっっっっったいにそんなことさせない」
言いながら、式乃は確かな足取りでもう一度こちらへ歩み寄り、俺の胸に手を添え、顔を近付けてきた。
「だから……ね? しよ?」
小さい声で、甘えるように言う式乃。
だけど、俺へ向けている瞳はズブズブのドロドロ。
ひとたびその沼に足を踏み入れてしまえば、絶対に逃れられないようなもので。
操られたように、俺は式乃に連れられて二階の部屋へ向かうのだった。
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