第14話 めちゃくちゃにしてやればいい

 手を引いて連れられた先。式乃の部屋。


 ここに入るのは久しぶりだった。


 内装はあまり変わっていない。


 勉強机と椅子、それからベッドと本棚が簡単に置かれている。


 式乃は、普段ここで勉強したり、スマホを触ったり、眠ったり、その他色々なことをしているわけだ。


 本来なら、この部屋の中に置かれている物のことから話をして、そこから「懐かしいなぁ」みたいに会話を発展させていくのがベストだったんだろう。


 しかし、だ。


 残念ながら現実はそう簡単に上手くいかない。


 式乃は、部屋に入るや否や扉の鍵を閉め、前から俺に体を預けてきた。


 そんなことをまったく予測していなかった俺は、扉横の壁に押し付けられる形になる。


 閉め切られているカーテンは、照り付ける夕陽のせいで若干オレンジ色に変わり、それを部屋の色として染め上げていた。


 薄暗い室内。


 荒くなっている俺の吐息と、式乃の吐息。


 跳ね続ける心臓は、いずれ自分の口から出てくるんじゃないかとさえ思える。


 ――何か言わないと。


 気まずさとドキドキから逃げるように、俺は紡ぐ言葉を頭の中で探す。


 ようやく浮かんだセリフを口にしようとした時だった。


 俺のくだらない質問をさえぎるかのように、式乃がぽつりと呟く。


「……お兄ちゃん。お兄ちゃんは、今までに甘いキスってしたことある?」


「……え……?」


「幸せな思いで溶けそうになって、いつまでもずっとこの人と唇を重ねていたいって考えちゃうような、そんな甘いキス、したことあるかな?」


「そ、そんなの、俺は――」


「私は無い。そもそも、男の人とキスしたことだって一度も無い。彼氏はいたけど」


「……じゃ、じゃあその時にでも――」


「してればよかったのに、って? ……ふふっ。お兄ちゃんは自分の気持ちに嘘をつくの、上手だね」


「は、はぁ……!?」


 いたずらっぽく、けれども遠慮のある感じでクスクスと小さく笑う式乃。


 俺はそれを見て、動揺しながら返すしかなかった。


 義妹いもうとは続ける。


「式乃が他の男の人とキスしてたら嫉妬するくせに。それこそ、泣いちゃうくらい」


「っ……!」


「お兄ちゃん。私、知ってるよ? お兄ちゃんが式乃のこと、すっごくすっごく愛してくれてるって。全部知ってる」


「……お、おま、式乃……! い、いったい何をからかって……!?」


「からかってないよ。本当のことだから」


 ――ていうかさ。


 と、式乃が言った刹那のことだ。


 続く言葉があるのかと完全に油断していた俺は、いとも簡単に義妹の急接近を許してしまった。


「……んっ……」


「……!?」


 自分の唇に重ねられる式乃の唇。


 唐突のことで、一瞬何が起こったのかわからなかった。


 俺は、義妹にキスをされた。


 織原さんと同じように、遠慮も容赦もない唇と唇の交わるキスを。


 ただ、式乃はそれだけに終わらなかった。


「……ふぁ……おにぃひゃん……」


「っ……!?」


 俺の唇の隙間を割って入って来る何か。


 舌だった。


 式乃は、唇と唇を通り越し、自分の舌を俺の舌に絡めようとしてくる。


「し……しひのっ……! そ……それは……!」


「んんんっ~……」


 逃がさないとばかりに、甘えた声を出して俺の頭を優しく掴む式乃。


 逃げ場なんてどこにもない。


 驚きのせいもあり、最初こそ抵抗していた俺だったが、徐々に生まれてくる蜜のような感情に理性が溶けていく。


「ん……はぁ……おにぃ……ひゃん……んんっ……」


 義妹いもうとが可愛い。


「んひぇっ……!? んんんっ~……!!!」


 気付けば、俺は自分から式乃の舌に自分の舌を絡ませにいっていた。


 密室。


 二人きりの空間。


 親にも言っていない義妹との関係。


 恋人同士。


 その言葉の数々と、式乃からされたキスが、俺を積極的にさせている。


 式乃の言った甘いキスがそこにはあった。


 無我夢中だ。


 立場逆転。そう言ってもいい。


 気付けば、俺はキスを仕掛けた式乃よりも、強く自分から求めていた。


 式乃の頭を抱くようにして掴み、息継ぎしながら、何度も舌を絡ませにいった。


「ひゃぅ……はぁ……はぁ……おにぃちゃん……もうわたし……」


「……仕掛けたのは式乃だろ……?」


「式乃だけどっ……わ、わたし……腰が……んむっ……!?」


 何を言われようと、もう離すつもりはなかった。


 式乃を襲うように、俺は何度も何度も舌を絡めたキスをする。


 腰が限界なのもわかってた。


 さっきから、式乃の腰はガクガクしていて、今にも抜けてしまいそう。


 瞳も虚ろになり、ただぼんやりと俺を見つめるだけ。


 けれど、俺は壊れた理性に従い、義妹いもうとを求め続けた。


 これはある種のお仕置きだ。


 病的に俺を求めようとする式乃への対抗。


 俺だってこんなにお前のことを好きでいる。


 お前に素っ気なくされている間、俺がどれだけの思いを向けていたか。


 この際、ここで体の芯から理解すればいいんだ。


 理解して、腰砕けにでも何でもなればいい。


 それでも俺は、お前が気を失うくらいに求めてやる。


 織原さんがうかつに近づけないくらいに、お前を愛してやる。






 ――……そうか。






 考えの中、俺はピンときた。


 どうすれば、織原さんを遠ざけることができるのか。


 簡単なことだった。


「……っ~……も……だ……めっ……」


「……! し、式乃……」


 俺の支えが弱まった途端、式乃はへなへなとその場に座り込む。


 虚ろな目と口を半開きにさせ、ぼんやりと虚空を見つめる義妹いもうと


 俺はそんな式乃を冷静に見下ろし、やがて目線を合わせるためにしゃがみ込んだ。


 無言のままに片頬を撫でる。


 式乃の体がピクっと反応した。


「なぁ、式乃? 式乃は、俺が真っ当な人間だと思ってたりしたか?」


「………………」


 返事は無い。


 びくびくと体を小刻みに痙攣させ、キスの余韻に浸りきっている。


 頬にやっていた手を頭の方、式乃の髪の毛へ移動させた。


 きめ細やかで艶やかな黒髪をそっと撫でてあげる。本当に綺麗だ。


「残念だ。どうやら、兄ちゃんは全然真っ当じゃない」


「ふぇ……? ……んぅっ!」


 半開きになっている式乃の口へ、自分の人差し指を少し突っ込む。


 そして俺は、それを舐めるよう式乃に指示した。


 戸惑い、けれども愛おしそうにして、俺の命令を聞いてくれる義妹いもうと


 その瞳には、さっきまでなかった恍惚の色が浮かんでいる。


 俺はニヤけを抑えながら、式乃の耳元で名前を呼んであげる。


「式乃?」


 またしても義妹いもうとの体がビクッと震えた。


 俺は続ける。


「織原さんを遠ざけるための最善策を思いついた」


「……?」


「それはね……?」






 ――式乃のこと、俺がめちゃくちゃにしてるってのを悟らせてやればいいんだ。

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