第15話 皆の前でキス

 翌日の朝。


 時刻は7時20分ほど。


 俺は式乃の部屋の前に立ち、扉を二度、三度軽くノックする。


 返事はすぐに聞こえてきた。


 か細くて、小さい声だ。


 けれど、それはどこか俺が来るのを待ち望んでいたように思える声であり、妙に艶っぽくもあった。


「どうぞ、入って来ていいよ。お兄ちゃん」


 式乃の了承を得て、俺は扉を奥へ押す。


 内部が露わになり、義妹いもうとはベッドの上で布団にくるまって女の子座りをしていた。


 式乃の背後にあるカーテンは、陽光を受けて明るく灯っている。


 それを開ければ、一気に薄暗い室内の雰囲気は変わりそうだ。


 でも、式乃は薄暗い中で、ただ俺が来るのを待ってくれていた。


 待っていて、と。


 昨日の夜にそう言っておいたから。


「おはよ、式乃。さっそくやっていくけど、いい?」


「……ん。大丈夫……」


 少し頬を赤らめて頷いてくれる式乃。


 俺は、自分で言ったにもかかわらず、そんな義妹いもうとの仕草を見て、生唾を飲み込んでしまう。


 気丈に振る舞うつもりではあったが、やはり慣れないものは慣れない。


 より恋人らしく、というのは少し行き過ぎた作戦だったろうか。


 自分の中で一瞬疑問を抱いてしまうものの、すぐに考えを改めた。


 それくらいしないと織原さんには通用しない。


 俺がどっちつかずの状態でいるからあの人は絡んでくるんだ。


 式乃と俺が付き合っているのをアピールすれば、きっと距離も自然と離れて行くはず。


 そこに掛けるしかない。


「じゃあ、一階下りよ?」


「……うん」


 式乃の手を取り、部屋から出る。


 階段を下りてリビングへ入ると、父さんと母さんは案の定ギョッとした。


「あ、あんたたちなんで手なんか繋いでんの……!?」

「ま、まるでカップルみたいだぞ……!?」


 俺は慌てて苦笑い。


 頭を軽く掻きながら、


「た、たまには特別仲良くする日があってもいいかなー……と思いまして」


 なんて言って誤魔化す。


 隣で立っている式乃も黙り込んだまま頭を縦に振っていた。


 振っていたけど、うつむかせている顔がどことなく赤い。


 関係を怪しまれるには充分だった。


 母さんがわなわなしながら呟く。


「ま、まさか……兄妹同士で付き合ってるとか……」


「……っ!」


「あ、あはは! ないない! そんなの無いって母さん! 守理と式乃だぞ? ちょっと前まで不仲だったのに、それが恋人だなんてこと……な、無いよなぁ二人とも!?」


 母さんに勘付かれてヤバいと思ったが、父さんが間に割って入ってくれる。


 けれど、父さんの問いかけもそれはそれで答えにくいものだった。


 ――もっと恋人っぽいことを人前でどんどんしていこう。


 なんてことを式乃と約束した手前、はっきりと「恋人じゃない」とは言いづらい。


 俺は誤魔化すように「まあまあ」と話題を強引に別の方へ持って行く。


「兄妹仲を良くする一環だよ。こういう気軽なスキンシップから始めようと思って」


「い、いや、な? 守理? 父さん今、お前たちが付き合ってることなんてないよな、って聞こうとして――」


「さてと、今日の朝ごはんは何かなー? か、母さん、匂い的にベーコンエッグとか?」


 だいぶぎこちなかったけど、どうにかこうにかその場はやり過ごした。


 家の中。


 しかも、父さんと母さんにはまだ「付き合ってる」とは言いづらかった。


 学校で見せびらかす以上にキツイ。


 これはちょっと訓練が必要だ。


「じゃ、じゃあ、俺たち学校行ってくるねー。い、行ってきまーす」


「……行ってきます……」


 べったりとくっつきながら玄関を出ようとする俺たち。


 そんな様を、父さんと母さんは何があったか、ご丁寧に見送る形で玄関までついて来てくれていた。


「い……行ってらっしゃい……」


 二人の顔はどこか青ざめているようにも見えた。


 いやいや……本当にこれ、どうカミングアウトしよう……。


 左から身を寄せて来る式乃の温もりを感じながら、俺は軽く宙を見上げるのだった。






●〇●〇●〇●






 ――というわけで。


 俺と式乃は、さっそく手を繋いで、距離も近めに二人並んで登校する。


 学校へ近付くにつれ、同じ制服を着た人たちの視線がきつくなってきた。


 さすがは式乃だ。


 美人なことで有名な式乃は、一人で歩いていても何かと注目される。


 それが男と、しかも兄と一緒に手を繋いでいるとなれば、否が応でも周りから見られてしまうものだ。


 けれど、俺はそれでいいと思う。


 いや、そうでなければいけない。


 これくらい注目を集めて、「兄妹同士で付き合ってるのか!?」みたいに噂されるほどじゃないと、織原さんの耳にも情報として届かない。


 俺たちは付き合っているんだ。


 関係としては歪かもしれないけれど、血の繋がりはない。


 だから、生物的に見ればそこまで異常な話でもない。


 存分に見せつけてやる。


 俺と式乃の関係を皆に。


「ねえ、式乃?」


「……? 何? お兄ちゃん?」


「髪の毛に何か付いてる。取ってあげるね」


「……へ? う、うん……」


 言って、俺はわざとらしく式乃の髪の毛を撫でるようにして触る。


 周りで見ていた連中は息を呑み、動揺していた。


 明らかに距離感がおかしい。


 式乃も俺の触り方にくすぐったさを覚えたのか、身をよじり、艶っぽい声を少し出した。


 それを受け、周りはさらに動揺する。


 外野の声もハッキリと聞こえ始めた。


「あの二人って兄妹だよね……?」

「付き合ってんの……?」

「禁断の恋……?」

「最近まで宇波さん誰かと付き合ってなかった……?」

「取られたって聞いたよ? 織原さんに」

「えぇぇ……!?」


 まったく楽しそうだ。


 まあ、見せつけているのは俺の方だから何を言われても仕方ないのだが。


 でも、だったらいっそのこと、とんでもないものを見せてやろうと思った。


 俺はバクつく心臓を抑えながら、気丈に振る舞って式乃の顔に自分の顔を近付けた。


 式乃は一瞬戸惑いを見せるも、すぐに目を見開きながら俺を受け入れてくれる。


「式乃は今日も可愛い」


 キザっぽいセリフの後、俺は義妹いもうとの頬にキスをした。


「「「「「えぇぇぇぇ!?」」」」」


 ざわめきはピークだ。


 そこにいた人たちは、一斉に大声を上げて驚くのだった。

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