第16話 嵐の前の戯れ

「別にな、腹いせのような恋愛はしたくないんだ。俺は義妹である式乃を一人の女の子として見てるし、世界で一番愛してる。ただ、それだけなんだ。織原さんも、杉崎君も、何も関係ない」


 ――なんとか迎えた昼休み。


 とある空き教室で、一人用の机を挟み、俺と拓夢は椅子に腰掛けて向かい合っていた。


 俺の隣には、俺にゼロ距離でべったりとくっつき、お弁当をちびちび食べている式乃がいる。


 顔も赤いし、耳も赤い。うつむき気味で、今朝からあまり喋らない。


 その理由がわかっていたから俺も変に追及しなかった。


 いい。


 二人きりになった時、もっとたくさん話し掛けよう。そしたら色々話してくれるはずだ。色んな意味で無事には済みそうにないが。


「……ふむ。なるほどね、親友。お前さんの今とってる行動意図の一端を垣間見れたよ。ありがとう」


「さすがは拓夢。わかってくれるんだな。やっぱ持つべきは親友だよ。ほら、俺の卵焼きあげる」


「……お兄ちゃん……式乃もっ……」


「ああ、うん。はい、式乃もな。あーん」


「っ……」


 自分でお願いしたくせに、恥ずかしがりながら控えめに口を開ける式乃。


 俺はそこへ自分の卵焼きを持って行く。


 自分の弁当箱の中にも同じ卵焼きが入ってるんだけど、そこにはツッコまないことにした。


 モグモグする式乃。


 俺はそんな式乃の頭を撫でてあげながら問いかける。


「美味しい、式乃?」


「……う、うんっ……美味しい……世界中の……どんな卵焼きよりも……」


「それはよかった。さて、じゃあ俺は次に何を食べようかな?」


「お兄ちゃん」


「ん? どした、式乃?」


「お返し……したい……お兄ちゃんの卵焼き食べちゃったから……今度は私の卵焼き……お兄ちゃんにあげる……」


「え。ほんと? うん。助かる」


「ん……。はい、あーん……っ」


「なるほど。そういうこと。……あーん」






「はい、待った」






「「んぇ?」」


 口を開けた俺と、卵焼きを差し出してくれている式乃の頓狂な声が重なる。


 拓夢は深々とため息をつき、肩を落とした。


 いったいどうしたんだろう。『待った』だなんて。


「守理? 宇波さん? お二人が付き合うことになったのと、大変仲が良いってことはよーくわかった。わかったが、ちょっと待ってくれ」


「「……?」」


「うん。二人仲良く同時に首傾げるのもいい。しかしね、待て。もう本当に待て。色々ツッコませてくれ」


「ツッコむことなんてあるか?」


「あるよ! ありまくりだよ! 逆にお前よくそんな質問できるな!? ふざけんじゃねえぞマジで!」


 まさかのマジギレ。


 俺も式乃も、拓夢のキレ具合にただただびっくりし、恐れおののいていた。


 が、それがまた拓夢の苛立ちを募らせることになったらしい。


「それだよ、それそれ! やめろ! その二人一緒に『びっくりしちゃった。ぴえん』みたいな雰囲気! 手繋いでびっくりだね、ちゃうねんホントォ!」


「た、拓夢……お前……関西弁が……」


「関西出身じゃないのにね! びっくりだね! ついつい自分の中の眠れる関西人が出ちゃったよ! ちくしょう! 俺も彼女欲しいよぉぉぉぉぉぉ! うぉぉぉぉぉぉぉん!」


 机に突っ伏し、泣き崩れる拓夢。


 俺たちはそれを黙って見ていることしかできなかった。


「つかよぉ、守理ぃ。お前、朝のアレはいくら何でもヤバ過ぎだぞ……? 宇波さんへのキス、結構な数の奴らが見てたし、この昼休みの時間もそこらじゅうでコソコソ二人のこと話してる奴らいたし」


「まあ、だろうな」


「何だよ何だよ……えらくあっさりしてんな。何もかも想定内ってか?」


「想定内だよ。式乃との普通の恋がしたい。したいけど、その前に少し取り払っておきたい問題があるから」


「取り払っておきたい問題……?」


「拓夢ももう予想つくだろ? 織原さんだよ。織原さん」


「彼女が何だってんだよ? 宇波さんとのイチャつきを見せつけて近寄れないようにしてやろうってか?」


「そういうこと」


「バカ。そんなの逆効果だろ。彼女、宇波さんから彼氏を奪ったのに、さらにまたお前にまで手を出そうとしてんだぜ? 明らかに刺激したらヤバそうな人じゃん」


「まあ、ヤバいだろうな」


「はぁ? 言ってることめちゃくちゃだぞ? な、なぁ、宇波さん? 宇波さんもそう思うだろ? こいつの言うこと、何でもかんでも肯定しなくていいんだぜ? ダメな時はダメって言ってやらないと」


 拓夢が言うも、式乃は頭を縦に振らなかった。


 悩むように床を見つめ、少しの魔の後、拓夢に言葉を返す。


「……でも、そもそもあの女が何を考えてるのかわからないんです……」


「え?」


「私の元カレを奪ったばっかりなのに、どうしてお兄ちゃんに付きまとうのか、その理由がよくわからない。わからないから、刺激して何か情報を掴まないといけないんです。だから、私はお兄ちゃんのやってることも否定しません」


「……でも……」


「それに……私たちはもう恋人です……。恋人だったら……別に好きなことをしてもいいはず……。どんな場所でも……」


「い、いや、どんな場所でもってのは違うと思うよ!? そこはTPOだったりを考えてイチャつきを――」


「お兄ちゃんにあーんをしたこの箸だって、しばらくは家宝にさせてもらうんです。観賞用、持ち歩き用、使う用の三つに分けたいくらいなのですが……」


「待て待て待てェ! 最後! 最後の『使う用』って何!? すごいツッコんじゃいけないオーラビンビンに感じるけどツッコむね!? 使う用って何なの!?」


「……それは……」


 かぁっ、と顔を赤くさせ、俺の右腕をそっと抱き締めてくる式乃。


 血走った拓夢の目が俺を突き刺す。


 鼻の穴を広げ、今にも俺を殺そうとしているような、そんな視線だった。


「ま、まあ、拓夢、そういうことなんだ。俺たちはあくまでも恋人として生活を謳歌したいけど、それと共に面倒事を取っ払わなきゃいけない立場にある。だから、多少周りに騒がれてでも強引なことをしてかなきゃなんだ。そこだけは理解して欲しい。色々言いたい気持ちもわからなくはないけど……」


「既に俺はお前のことを脳内で十回は殺しているぞ、親友……」


「こ、殺し過ぎだろ……いくら何でも……」


 怯える俺。


 拓夢は続けてきた。


「けど、これは個人的に引っかかることなんだがよ」


「……?」


 俺が首を傾げると、「お前じゃない」とばかりに拓夢は首を横に振り、式乃の方へ視線をやった。


 式乃はそれに反応して拓夢の方を見つめ返す。


「宇波さんはそんなに守理のことが好きなのに、どうして彼氏なんて作ってたんだ?」


「……へ……?」


「元々最初から仲が悪いわけじゃなかった、とは聞いてたけど、つい最近まで守理に対して冷たかったわけだし、元彼氏を織原さんに奪われて落ち込んでたりもしたろ? それはいったいどういうこと?」


「………………」


「別に怪しんでるとか、攻撃してるわけじゃないよ? これは単純に疑問。そこんところ気になるんだよね。守理もずっと俺に君とのことで相談してくれてたし」


「……そ、それは……」


 口ごもり、間を作った後、式乃は答えようとする。


 でも、そんな矢先だった。


 空き教室の扉が突如ノックされる。


 俺たちは一斉に出入り口の方へ視線をやった。


 ゆっくり扉が開けられる。


 そこにいたのは――


「え……」


 織原さんだった。

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