第12話 キス
「ごめんなさい。宇波君の貴重な昼休みの時間を奪っちゃって。お友達とも一緒だったのに」
昼休みも残り15分ほどになった時間帯。
俺は、不服ながら織原さんと並んで廊下を歩いていた。
「……そうだね。まさかこんないきなり呼び出されて、あなたと二人きりで学校の中を歩くことになるとは思っても無かった」
「嫌だった?」
あまりにもストレートすぎる問いかけだ。
一瞬言葉に詰まったが、式乃の顔が浮かんで俺は頷いた。
色んな意味で、あまりあなたとは並んで歩きたくない、と。
すると、織原さんはそれも想定済みだったのか、クスクス笑い始める。
何でこの人はこんなに余裕があるんだろうか。
その余裕さが今は不気味で仕方なかった。
少しはうろたえたりして欲しい。俺みたいに。
「ふふふっ。まあ、そうよね。君からしたら、私は妹さんを傷付けた悪魔みたいな女ってところだろうから」
「……自覚あるんだ」
「あははっ! それはねぇ、もちろんよ。ふふふっ。というか、君の返しは一々面白いわね、宇波君?」
「は、はぁ……?」
何が面白いんだよ。
こっちは全然面白くないってのに。
「マズいかも。私、君と一緒にいたら、またおかしな方向へ進んじゃいそう。それこそ、もう一回妹さんを傷付けることになったり、とか」
「は!? あ、あんたほんと何言って――」
「っていうのは冗談。うふふふっ。まったくねぇ。からかいがいがあるんだから。そんなにうろたえちゃって」
「っ……!」
織原さんにペースを奪われている感が凄い。
一ミリも油断できなかった。油断した途端、俺はこの人の持つ独特のオーラに取り込まれてしまいそうで、謎の緊張感をずっと抱いている。目的地に着いてもいないのに、疲労感も既に結構あった。
「……俺は、やっぱりあんたを信用できないし、何よりも信用する気が無い。どこまで行っても、式乃の平穏を脅かした人だから」
「うん。いいわよ、それで。間違いじゃないから」
言って、「けれどね」と続ける織原さん。
「それは、君からしたらむしろありがたいことだったんじゃないかしら? なんせ、大好きな妹さんとお付き合いできるようになったんだから」
ムカつく。
ニコニコと笑みを崩さずに言ってくる織原さん。
そんな彼女を警戒している自分にも苛立ちを覚えた。
何で顔がいいだけのこんな奴に、という感じだ。
「……何でそれ、あんたが知ってるんだよ。俺が…………式乃を好きだってこと」
「っふふふ。そこは素直に言えちゃうのね。苦しんでたみたいなのに」
言いながら俺の頭を撫でてくるもんだから、反射的に彼女の手を払いのける。
でも、彼女は案の定傷付いた素振りを見せず、笑みを浮かべたまま続けた。
「何で知ってるかって、そんなの決まってる。今の私の彼氏から話を聞いていたの。君のこと、色々」
「……? 杉崎君から……?」
「ええ。彼、君のこと憎んでる。心の底から」
「は、はぁ……!?」
憎まれることをした覚えはない。
一ミリも想定していなかった報告をされ、俺は声を大にするしかなかった。
「何で。どうして。鈍感な君は、きっとそんな風に考えているのだと思うわ。エスパーじゃなくてもわかる」
「っ……! だ、だったら何で俺は――」
「安心して? そのことに関して言えば、じきに理由なんてわかるわ」
「……?」
「問題はその後。どうして彼があなたを殺してやりたいくらい憎んでいるのか。そして、私が良太君のことを式乃さんから奪ったのか。推理してみて?」
「す、推理って……!」
「ふふふ。推理はふざけ過ぎね。本気で考えてみて? 頭を抱えて、病んじゃいそうになるくらい」
それもそれでどうなのか。
冗談で言っているのか本気で言っているのかわからない。
「そうして答えが出た時、改めて良太君に話しかけてみるといいわ。あなたが知ろうとしていることも知れるし、何よりも『誰を本気で好きになるべきか』も理解できるようになると思うから」
「誰を本気で……だと……?」
「ええ、そう。けれど、私はあなたが簡単に答えを出せないよう全力で邪魔するつもり。たとえば、こんな風に――」
一瞬の油断。
その油断に付け込まれたと気付いた時にはもう遅かった。
織原さんの綺麗な顔が近付き、俺は壁に押しやられ、
「――!?」
柔らかい唇が自分の唇と重なる。
完全なキス。
すぐにハッとして彼女の体を押し返そうとするが、それよりも前に織原さんは俺から離れ、妖しい瞳でこちらを見つめながら舌を出していた。
「ね? だから、あなたも頑張って? 私に負けないでね?」
「っ……!」
「私は、あなたを私の沼に引きずり込んでみせるから」
恐怖を覚えた俺は、彼女を抜き去り、早歩きで先の方にあった水道で口を洗った。
そして、彼女が追い付くよりも先に目的地である掃除用具倉庫へ行き、道具のチェックリストを取るのだった。
【作者コメ】
次回、ヤンデレ爆発。見られていた件。
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