第23話 意外な人物から

「やあやあ、こんにちは。授業サボりの不真面目兄妹さんたち~」


 空き教室の扉を開けた先にいた、名前のわからない女子。


 メガネを掛けていて、切れ長のその表情からは、真面目さをそこはかとなく感じさせてくれるのだが、どうも実際はそうじゃないらしかった。


 ギャルのような軽い雰囲気でピースし、口角をわずかに上げている。


 ハッキリ言って、味方という感じではなさそうだ。


 彼女は明言しなかったが、俺たちを尾けていたという事実からも、織原さんとの繋がりがあると見ていた方がいい。


 何事もなく受け入れるのは危険だと思う。


 そもそも、なぜ俺たちの元に現れたのかもわからない。


「誰だかわからないけど、授業サボってるのはあんたの方も同じじゃないのか? そんな風に言われる筋合いはないんだが」


「それは確かにそうだ。サボってなかったらこんなとこに出没してないもんねぇ」


 言いながら、名前のわからない彼女は俺の横を通り過ぎていく。


 教室の中へ入り、式乃の元へ歩み寄っていく。


 で、式乃の前で立ち止まった彼女は、俺の妹の顔を観察するようにして見やった。


 近付く彼女の顔を受け、式乃は物理的に少し距離を取ろうとするのだが、名前のわからないメガネ女子は負けじとさらに近付いていた。


「へぇ~。やっぱ噂で聞く通りの美人さんだねぇ。こりゃお兄ちゃんもお熱になるわけだ」


「……何なんですか、あなた……?」


「んふふっ。何なんだろうね? 式乃ちゃんは何だと思う? 一応、君よりかは歳上なんだけど」


 マジか。


 それを聞き、俺はすぐに質問していた。


「もしかして、三年生なのか?」


「いぃやいや。お兄ちゃん、君と同じ二年生だよ。三年生だったら受験勉強真っ最中だろうし、こんなことしてない。まあ、二年の中でも真面目ちゃん勢はもう再来年の冬を見越して動いてるようだけどね」


「……ハッキリ言うけど、あんまり見たことない。名前も知らない」


江良柚日えらゆずひ。二年D組に所属してまーす。一応理系クラスでーす」


 手を挙げてわざとらしくふざけて言う江良柚日。


 ピンとは来ない。


 一年の時のクラスメイトでもないし、理系ってことで教室も離れてる。だから面識がない。


「お兄ちゃんとは一年の時もクラス別々だったからね。名前知られてなくても当然だよ。私も同じ学年でよくわかんないって人結構いるし」


「でも、顔くらいは見たことある、とかになるはず。あんたはそれさえなかった」


「え。ひど……って言いたいところだけど、それもまあ当然かな。私、一年生の終わり頃に転校生としてこっちへ来たので」


「……初耳だな」


「でしょ? あまり友達のいない君だもん。初耳でもおかしくないよ。納得納得」


「だからなんでそういう俺の友達事情とかも知ってる? どういう繋がりから俺の情報を得た?」


「あの女なんじゃないの?」


 式乃が付け足すようにして、江良柚日に問いかける。


 彼女は笑みを浮かべながら、逆にこちらへ質問してきた。


「じゃあ、式乃ちゃん? あの女って誰のことを指してるの? 私にはよくわからないんだけど?」


「白々しい。ほんとはわかってるくせに」


「わからないよ~。わからないから聞いてるんだってば」


「……うざ」


「うざ、とか言わないで~? ねえねえ~? 教えて~?」


 式乃にベタベタまとわりつくようにしながら問いかけ続ける江良柚日。


 見ているこっちも鬱陶しくなってきた。


 俺は式乃の代わりになって、投げやりに答えた。


「織原恵美だよ。あんた、彼女と繋がりがあって俺たちに接触してきたんじゃないのか?」


「え~? 織原さんの話は今良くな~い? てか、私さっき彼女のことに関して聞かれて誤魔化したと思うんだけどなぁ~」


「じゃあ、あんたが有耶無耶にするなら、俺たちは織原恵美と繋がりがあると見とく。あんたと会話することなんて一つも無いし、あんたに言うことも何も無い。行こう、式乃」


 式乃を手招きし、こちらへ来るよう言うのだが、それは江良柚日によって遮られる。


 俺の元へ来ようとしていた式乃の前を手でガードして塞ぐ。


 当然、式乃もそんなの無視してこっちへ来ようとするのだが――


「勝手に色々決めて、私との会話を中断させるの、やめてもらってもいいかな? こっちはこっちで割と重要な用事があって来たんだからさ」


「……なら、それを早く言いなよ?」


「君、せっかちって言われない? 初対面なんだし、まずは世間話から行こうって思うのが私なんだけど、君は違うみたいだね」


「違うってわけじゃないな。あんたを信用してないだけだ。一秒でも早く会話を辞めたい」


「それ、嫌われてる、ともいえるんじゃ?」


「そうだな。そうとも言える」


「うっわぁ~。ひどいことハッキリ言うねぇ、ほんと」


 苦笑する彼女を前にする俺だが、それでも表情は崩さなかった。


 織原恵美と繋がりがありそうな江良柚日に、一々フレンドリーさを発揮する必要なんて無い。


 もう、淡々と、短く会話を済ませる。


 俺は今から早退して、式乃と一緒に家へ帰らなければならないんだし。


「やれやれ。わかったよ。なら言う。正直に全部言えばいいんでしょ、正直に言えばさ」


「最初からそう言ってる」


「はぁ~。つまんない男子。事前情報の通りじゃん」


 首を横に振り、呆れて見せる江良。


 その仕草に少しムッとするも、何も言わないでおいた。余計な問答をするのがもはや面倒くさい。


「私がここに来た理由はね、織原さんじゃないよ。そうじゃなくて、丸川君」


「は……? 丸川……?」


「そう。君の大親友であり、君とは比べ物にならないくらい話しやすい男の子。丸川拓夢君。私の好きな人」


「……は……?」


 言われ、俺は口を開けてポカンとしてしまった。


 式乃は首を傾げている。


 完全に虚を突かれた形となった。

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