第22話 病的な兄妹と来訪者

 ファミレスでの一件以降、俺は式乃へ病的なまでの愛をぶつけ続けた。


 そういう実際に交わる行為は控えたものの、キスや激しいスキンシップの他、マニアックなお願いを何度も繰り返し、想いを確かめ合う。


 確実に自分がおかしくなっている自覚はあった。


 式乃への独占欲がこれでもかというほどに湧き上がってくる。


 理由はわかっていた。


 すべては、杉崎が未だに式乃へメッセージを送っている、ということを知ったのが原因だ。


 強烈な嫉妬。


 そして、まとわりついてくる織原恵美への嫌悪。


 それらが俺を完全に狂わせた。


 悪いのは全部あの二人。


 あの二人だ。


 奴らのせいで、俺は式乃を我慢できなくなった。


 罪深い。


 もう俺に……いや、式乃へ絶対手出しできないほどわからせてやる。


 もっと、もっと、もっともっともっと。


 そうすれば諦めるはずだ。


 ファミレスで式乃とのキスを見せつけてやった時も、いい顔をしてた。


 あれでいい。


 ああいう風にわからせてやれば、俺は式乃と幸せになれる。


 きっと、きっとな。


「――……ふっ……んっ……ふぁぅ……」


「っ……んくっ……はっ……」


 二限と三限の間。


 たった十五分間の休憩時間。


 俺は式乃と空き教室で会い、そこでキスをしていた。


 呼び出したのは俺だ。


 特に何も用事は無かったが、来て欲しいというだけでここへ来てもらった。


 式乃はそれに従順に従ってくれ、今こうしている。


「っは……はぁ……はぁ……んんんっ……お兄ちゃん……」


「……式乃……」


 離された唇。


 式乃は肩で小さく呼吸し、上気した顔で俺を切なそうに見つめてくる。


 俺も荒くなった息をなんとか整えつつ、妹の髪の毛に触れる。


 おおよそ校内でしていいことじゃない。


 それはわかってる。


 わかってるけど、止まれなかった。


 今は、一秒でも式乃を見ていないと気持ちが不安定になる。


 こうして彼女を見ていることで、俺は救われるくらいに満たされていた。


 そして、それは式乃も同じだ。


 俺に髪の毛を撫でられ、濁った瞳をとろんとさせる。


 幸せそうに、病的に笑み、髪の毛を撫でていた俺の手を触り、それをゆっくりと撫で、自分の口元に持って行った。


 何をするのか。


 考えているうちに答えは明かされる。


 式乃は俺の人差し指を舐め、甘噛みし始めた。


 おかしくなっているのは俺だけじゃない。


 式乃もだ。


「はむっ……んむっ……はぁ……はぁ……おにいひゃんの指……こうしてると……形も関節の感じも……よくわかる……」


「……式乃。そういうの、杉崎にもしてた?」


「してないよ。するわけない。私がこういうことできるのは……全部、全部全部全部お兄ちゃんだけ。お兄ちゃんだけなの」


「……そっか。じゃあ、杉崎の連絡先はもう絶たないとな。アカウントもブロックしなきゃ」


「したよ、もう。前までは織原恵美のこと……聞き出そうと思ってブロックしてなかったけど……今はもう……お兄ちゃんが味方だから」


「うん」


「一番、一番安心できる……頼もしい味方。式乃が……一番大好きな男の人」


「俺も式乃が一番好きな女の子。式乃のことを見てないと、不安になって動悸がするくらいだ」


 言うと、式乃は指舐めを止め、その病的に染まった目を見開いた。


「……式乃も……! 式乃もだよ、お兄ちゃん……! 私も、お兄ちゃんが傍にいてくれないと、視界に入ってないと、頭がおかしくなりそうなの……! 不安な気持ちになって……お兄ちゃんが他の女と喋ってないか、他の女と触れ合ってないか、不安で不安で不安で、気が狂いそうになるの……!」


 握っている手にギュゥ、と力を込める式乃。


 その瞳は、完全に狂っていた。


 俺しか見えていない。光は、俺にしか照らされていない。そんな感じだ。


「よかった……よかったよぉ……! 私の想い……やっと通じた……! 考えてることがお兄ちゃんと一緒……! ふふっ……フフフッ……! ウフフフフフフッ……! だ、ダメだよぉ……ニヤけが……止まんない……止まんないよぉぉ……!」


 ……でも、それは俺も同じだ。


 狂っているのは、俺と同じ。


 式乃の言っていることに間違いはなかった。


 自然と笑みがこぼれる。


 口元が緩む。


 俺は、気付けば無言で妹を抱き締めていた。


 全身で式乃を感じるように、強く、強く。


「……おにいちゃん……」


「式乃。俺、最初からこうしとけばよかったんだ」


「……へ?」


「最初から、式乃だけを頼りに生きていればよかった。今までの俺は、式乃がこんなにも想ってくれていると考えてなかったから」


「……じゃあ、それは式乃のせいだ」


「……?」


「式乃があんな風に素っ気ない態度取ってたから……お兄ちゃんを不安にさせてた……。悪いのは全部式乃だよ。お兄ちゃんが謝ることない。何も……何も悪くないよ?」


「……ありがと、式乃」


「うん……大丈夫……」


 強く、強く、抱き締め合う。


 授業の始まるチャイムが鳴り響いた。


 それでも、俺たちは密着することを止めず、お互いの心臓の音を確認し合うくらい体を重ねる。


 前、織原さんにも言ってやった。




『入り込む隙間なんて無いよ?』





 ――と。


 実際にそうだ。


 ここから、俺と式乃の仲を崩そうなんてこと、できるはずがない。


 何をやろうとして来ても、すべてを無駄にしてやる。


 杉崎も、壊れるくらいに式乃を俺が独占してやる。


 俺が。


 俺が、全部。


「……ねえ、お兄ちゃん?」


「……? どうかした?」


「今日も……さ、早退しない……?」


「え?」


「式乃…………もう我慢できない。我慢……できないの」


 抱き締めていた式乃の体が震えている。


 脚にも力が入っていないように見えた。


 俺は時計を見やり、式乃の方を見つめてから頷く。


「うん。いいよ。じゃあ、今日もまた――」


 言いかけたところ、だ。


 空き教室の扉がノックされた。


 俺たちは二人してそっちの方を見やる。


 驚いてしまった。


 部屋の鍵を掛けていてよかった。


 式乃から離れ、俺は扉に近付いて声を掛ける。


「……誰でしょう?」


 問うと、声はすぐに返って来た。


「誰だろうね? とりあえず、この扉を開けてくれないかな?」


 女子だった。


 扉をノックしてきたのは女子。


 誰かはわからない。


 織原さんでもなかった。


「先生……とかじゃないですよね? 何年生ですか?」


「あははっ。君、礼儀がなってないなぁ。素性を聞くときは、まず自分から教えてくれないと」


 嫌な言い方だ。


 明るい割に、妙な攻撃性を感じる言い方。


「まあ、もっとも、教えてくれなくても私は君たちのことを知ってるけどね」


「君……たち……?」


「うん。君たち。二年生の宇波守理君と、一年生の宇波式乃さん」


 困惑した。


 何でこの人は俺たちがここにいることを知ってる……?


 というか、名前まで……。


「ちょっとした使いで来てね。とりあえずここを開けてくれないかな? 開けてくれたら何も悪いようにはしないから」


「……」


「開けてくれなかった場合、君たちがこの教室の中で何をしていたのか、先生たちにすべてバラす。これから取ろうとしていた行動についてもね」


 訳が分からない。


 なぜか、この扉の向こうの女にはすべて知られているみたいだった。


「……どういうこと? なんであなたは俺たちのことについて知ってる。尾けてたとかか?」


「ふふふっ! まあ、君たち兄妹、今学校の有名人だもんね。妹さんはその前から有名だったけど」


「質問に答えてくれ。尾けてたのか?」


「うん。まあ、そんな感じだね」


「なぜ? 理由は?」


 問うと、彼女はクスッと笑い、


「言っただろう? ちょっとした使いだよ。誰かとまでは言わないけど」


「……それは織原恵美とかか?」


「さあ。どうだろう。誰なのか、についての質問には答えない。イエス、ノーのどちらかで答えてもいいけど、私の答えは嘘だからね」


「……織原恵美だな。帰ってくれ。あんたと話すことなんて何も無い」


「君が無くても、私の方があるんだな、これが。あと、なぜか強気に出てきてるけど、この状況で有利なのは私だよ? 君たちがここでやってたこと、バラすぞって言ってるよね? 理解してる?」


「……っ」


「別に私はいいんだよ? 先生のところへ直行するだけだからね。あははっ!」


 どうやら言うことを聞いておく方が利口そうだ。


 式乃の方を見やり、扉へ視線を戻す。


 俺は少し間を置いて返した。「わかった」と。


 彼女は楽しそうにしているが、それも不愉快だ。


 いったい何者なのか。


 何もかもがわからないまま、扉の鍵を開ける。


 開けると、そこにいたのは、声の通り女子であり、


「あははっ。やあ、こんにちは。授業サボりの不真面目兄妹さんたち」


 あまり面識の無い人だった。

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