第6話 盗った女との遭遇
「それにしてもだよ、式乃?」
「うん。何? お兄ちゃん?」
「式乃ってさ、ぶっちゃけ元彼氏のことどう思ってるの? まだ好きなの?」
密着されたまま、どうにか弁当を食べ終わる俺。
人気のないこの場所で、俺はずっと聞きたかった質問を義妹にぶつけた。
本当に何気なく。
「どうしていきなりそんな質問するの? 私の『好き』が足りなかったかな? 愛情表現不足?」
「ううん。そういうわけじゃない。そういうわけじゃないからこれ以上巻き付くように俺に密着しないで。どうかしちゃう」
文字通り同化しちゃいそうでもあった。くっつきすぎて。
てか、本当にこの状況を誰かに見られてたらヤバい。
学校でやっていいイチャつきじゃないぞ、同化んがえても。
「ふふふっ……。照れてるお兄ちゃん……カワイイ……」
「やめてくれそういう言い方。もっと照れるし、何よりも手玉に取られてる感が半端ない」
「うふふふっ……カワイイカワイイカワイイカワイイカワイイ……」
「あのー……式乃さん? 式乃さんってここまで人の話聞かない子でしたっけ?」
さらに絡みつく式乃の四肢。
おかしい。
小さい頃はもっと素直で、俺の言ったことなら何でも聞いてくれちゃう子だったのに。
いつからこんなタコみたいに絡みついて暴走するようになったんだろう。不思議で仕方ない。
「いいよ……お兄ちゃん……。お兄ちゃんカワイイから……式乃が何でも答えちゃうね? ハァハァ……」
「うん。ありがとう。ありがとうなんだけどね、式乃? その荒くなった呼吸の原因は何かな? お兄ちゃん、ちょっと式乃のことが怖くなり始めてるよ? 食べられたりとかしないよね?」
「そんなのしないよ……しないしない………………………………」
――かぷっ。
「んひぇぇっ!?」
思わずでかい声を出して式乃を振りほどく。
こいつ、今俺の首筋に噛みついてきた。
心臓を跳ねさせながら式乃を見下ろしていると、我が妹は少し驚いた表情で俺を見つめ返し、やがて意味ありげな艶のある微笑を向けてくる。
ヤバい。どう考えてもヤバい。
式乃さん、俺の知らない間にとんでもない女の子になってる。
本人には絶対に言えないけど、これは彼氏君逃げ出しちゃうのも無理ないかも。
大きく息を吐き、元居た場所に座る。
そしたらまあ、磁石のごとく式乃がまた俺の腕を抱いて密着してきた。見境が無さ過ぎる。今の俺のリアクションを見てなかったのかこの子は。
「じゃあ、質問に答えていくね? 元彼のこと、今は大嫌いだよ。死んじゃえばいいのにって思うくらい」
「サラッとすげー怖いこと言いますね、本当に」
「だってあんなに注いでた私の恋情を無視して他の女のとこに行っちゃう奴だもん。許せないよ。許せない。お兄ちゃんへの想いを封印して、いったいどれだけ私が想ってあげていたか、あの男は知らないんだ」
「……なんかそれはそれで考え方めちゃくちゃ歪んでないか?」
「歪んでる? どこが?」
目の光を消失させながら首を傾げる式乃さん。
普通に怖かった。人の一人や二人は●してそうな感じ。
「ん……い、いや、その、愛してやってたんだぞーみたいに言いながら許せないって言ってるところ……? なんか上手くは言えんけど」
「告白は向こうからだよ? 私が『愛してあげる』ってスタンスでいても、向こうはそれでオッケーなんじゃないかな? 嬉しそうにしてたし」
「まあ、最初は良くても、段々時間が経つとそうもいかなくなるんじゃ? ていうか、他の女の子のとこへ行っちゃったのは、式乃が重かったからなんだよな? なんか色々矛盾してない?」
「……もう別に何でもいい。今はこうしてお兄ちゃんと恋人になれたし。ずっとずっと無理だと思って恋人に……」
言いながら、式乃は俺に体重すらも預けてくる。
こっちが踏ん張らないと、横にコテンと一緒になって倒れてしまいそうだ。
呆れながら笑みを浮かべるしかなく、俺は余っていた右手でとりあえず妹の頭を撫でてあげた。
嬉しそうに、そして幸せそうにニマニマする式乃。
もう、とにかく今はこれでいいのかもしれない。
気になることは多いものの、幸せな時間が送れているのなら気にする必要はない。
いつまでも式乃との平和な時間が流れて欲しい。
そう心の中で願う俺だが、現実はどうもそう簡単にいかせてはくれないらしい。
涼し気な秋風を感じながら目を閉じたところ、だ。
前方辺りで、「あっ」と何者かの声がした。
距離は無く、本当に近く。
近くだから、俺もドキッとして目を開ける。
開けると、そこには思いもよらない人物二人が立っていた。
「……あらら。これはこれは、宇波さんと……そのお兄さん」
式乃の元彼氏である男子――
二人が目の前にいたのだった。
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