第8話 絡み合う指

 それから少しばかり時間が過ぎ、放課後。


 重い足取りで教室を出て、俺は昇降口の下駄箱へ着く。


 そこで上履きからローファーに履き替え、校門を目指した。


 辺りにはまだあまり他の生徒がいない。


 皆部活に行ってるのと、帰宅部勢は友達と駄弁ったりしてるからだと思う。


 俺がちょっと早過ぎた。


 時計を見れば、帰りのホームルームが終わってから十分弱しか経ってない。


 さすがに帰宅部のエース過ぎるのだが、残念ながら俺の他にエースを張れそうな女の子が校門のところに既に立ってる。


 式乃だ。


 俺を見つけるや否や、小走りでこっちへ来た。


「お兄ちゃん、今日も一日お疲れ様です。早く帰ってイチャイチャしよう? 式乃、昼休みのことのせいでお兄ちゃんニウムを取り込まないと今すぐ倒れちゃいそう」


「……な、なんていうか、思ってたより元気そうだね、式乃……」


 若干頬を引きつらせながら俺が言うと、式乃はふるふると首を横に振った。


「元気じゃないよ。元気なわけない。あの虫ケラ女とクズ男を見たせいで気分は最悪なの。昼休みが終わって、五、六限とあったけどね、お兄ちゃんの傍にいないともう気が狂いそうだった」


「し、式乃……? ちょ、ちょっと顔が怖いかなー……なんて……」


「そもそも、あの女は何も知らないからね。私の本当の気持ちはずっとお兄ちゃんにあって、あのクズ男と付き合ってたのも全部お兄ちゃんへの気持ちを鎮めなきゃっていう式乃の努力感情でしかなかったってこと。ふふふふふっ。なのにあんな勝ち誇った顔してさ。バカだよね。バカバカおバカ」


「ん……んー……」


「あっ。でも、何のつもりかは知らないけど、お兄ちゃんへ今後も話し掛ける、とか言ってたっけ? あの性悪」


「……そうだね。ほんと、何のつもりなのかわからな――っぶ!?」


 突然式乃が俺の腕に抱き着いてくる。


 瞳には相変わらず一点の光も灯さず、冷淡な恐ろしい表情で何やらブツブツ呟いていた。


「そんなこと絶対にさせないそんなこと絶対にさせないそんなこと絶対にさせないそんなこと絶対にさせないそんなこと絶対にさせないそんなこと絶対にさせないそんなこと絶対にさせない」


「……し、式乃さーん……」


 嘆くようにむなしく名前を呼んでみるも、俺の声は妹にまるで届いちゃいなかった。


 腕だけに留まらず、俺の胸の方へスライドスライド。


 校門のど真ん中で、俺たちはハグするみたいな格好になっていた。


 向こうから人も来始めてる。ヤバ過ぎである。


「な、なあ、式乃? ほんと、ちょっと一旦離れて? さすがにここでハグはマズいよ。帰りながら色々話そう? 俺たちは幸い同じ屋根の下に住んでるわけだし、家でも色々できるからさ」


 最後のセリフは言った後で思った。いくら何でも大胆過ぎた、と。


 色々って何だよ。


 恥ずかしくなるが、式乃は俺の言葉を受けて切なそうに上目遣いで見つめてきた。


「……やだよぉ……式乃……もうお兄ちゃんと離れたくない……」


「っ……」


 ドクッと心臓が跳ねた。


「一分でも……一秒でも……一緒にいたい……」


 本当に、気持ちを前面に押し出すみたいにして、式乃は言ってくる。


 俺は言葉を失い、ただ妹のことだけを見つめていた。


「もう……恋人なんだもん……小さい頃みたいに……いっぱい好き好きしていいんだもん……」


「……し、式乃……で、でもここは……」


「本当に……お兄ちゃんが私の元から離れて行っちゃったら……生きていられる気がしない……」


 抱き締める力が強くなる。


 密着しながら、妹は俺の手に自分の手を絡ませてきた。


 指と指が交わる。


 絶対に離さないという意思をこれでもかというほどに感じる。


「どうすれば……お兄ちゃんをずっと感じていられるかな……? ずっと……傍にい続けてもらえるかな……?」


「式乃――」


「あの女から切り離せるかな? どうしたら……? どうしたら……?」


 自分の世界に入り込み、俺を失う恐怖に怯える式乃。


 見てていたたまれない気持ちになった。


 妹に対し、俺は今度こそ確かに返す。


「……ごめん……」


「……へ?」


「式乃。俺はダメな兄だし、ダメな彼氏だ」


「お兄ちゃんがダメ……? そんなことないよ……? お兄ちゃんは――」


「ダメだよ。妹の、彼女の気持ちを全然汲み取れていない」


 今日の昼休みだって、本当は……。


「……よし!」


 掛け声とともに、密着している式乃の体をゆっくりと引き離した。


 でも、それは拒絶するためじゃない。


 少しだけ健全なカップルの距離感に戻すだけ。


 繋いでいた手は離さず、ちゃんと目を見て言う。


「今から遊びに行こう。母さんには少し遅くなるって連絡するから」


「え……? 遊びにってどこへ……?」


「どこでも! 色々だ! ほら、行こう!」


「あっ……! お、お兄ちゃん……!?」


 少々強引に、俺は式乃の手を引いて歩き出した。


 戸惑う妹。


 でも、その戸惑いもすぐに消え、嬉しそうにキュッと手を握り返してくれるのだった。










【作者コメ】

前話、主人公の行動にストレス溜めさせてマジ申し訳ない! 一個一個コメントには返信しきれないが、読んで考えさせられたぜ! ここから守理君も頑張っていくし、妹ちゃんと一緒に病みに病んでドロリッチになっていくけどよ! ついて来てくれる読者さんたちは頼むぜ!


次回! ヤンデレ義妹とカラオケボックスで極限までラブコメる(経験済みかどうかも判明)! デュ●ルスタンバイ!

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