最終話 二人きりの世界
結局、式乃以外の人間と交流するというのは、俺からしたら無駄な行為だったのかもしれない。
俺と式乃の仲を引き裂こうとして迫ってきた織原恵美も、情動のままに叩けば動かなくなってしまった。
鉄臭い香りで充満した部屋の中、呆然と立ち尽くす俺を、式乃は抱き締めてくれる。
募った後悔と恐怖は、この抱擁一つで吹き飛んでいった。
そうだ。
俺は、元よりこれ以外何もいらなかった。
式乃のためなら何でもすると決めた瞬間から、式乃以外の何かに触れたところで、それは喜びに変わったりなどしない。
常識も倫理も何もかも。
式乃の前ではすべてが無になる。
「……お兄ちゃん……頑張ったね……お兄ちゃぁん……」
甘く、恍惚に満ちた式乃の声が、俺の耳に心地よく届く。
自然と笑みが溢れた。
何も間違っていない。
俺のしたことは正解だった。
これでいい。
これで、式乃とずっと一緒にいられる。
俺は……。
ずっと、式乃と一緒に。
「……ねえ……お兄ちゃん……?」
「……何だ……?」
「お兄ちゃんは……これからどうしたい……?」
「どうしたいって……決まってる……。式乃と一緒にいたい」
「もう……違うよ……一緒にいるのは当然……。そうじゃなくて……私といる以外に……他に何かしたいことがあるかってこと……」
「……無いな。特に」
「ほんと……? やりたいこととか……欲しい物も何も無い……?」
「無いよ……。式乃と一緒にいられれば……俺はそれで満足だ……」
俺が静かにそう言うと、式乃は嬉しそうに笑みを浮かべた。
それを見て、俺も笑んでしまう。
抱き合ったままでキスをした。
長い、長いキス。
唇を離し、荒くなった吐息を交わらせ、互いに見つめ合う。
式乃は、俺の名前を改めて呼んできた。
お兄ちゃん、と。
「……私も……お兄ちゃん以外何もいらない……お兄ちゃんと一緒にいられたら……他は何もかもどうだっていいの……」
「……なら……俺と同じだな……」
「うん……一緒……一緒なんだよ……」
式乃の手が、絡みつくように俺の首筋を這う。
「苦しいのも……痛いのも……全部……全部耐えられるくらい……それくらい……お兄ちゃんが好き……」
「……俺もだ……式乃のためなら……どんな痛みも耐えられる……」
「全部……一緒だね……」
「ああ……一緒だ……」
血に塗られた部屋で、何度も想いを言葉にして、互いを確かめ合う。
式乃は、閉め切っていたカーテンを少しだけ開けた。
中途半端な陽の光が微かに入って来て、時刻がまだ夕方になるには程遠いことを教えてくれた。
父さんと母さんは、しばらく帰って来ない。
俺たちは、当たり前のように着ていた服を脱ぎ、肌を重ねる。
式乃の熱を、自分の中で逃がさないように受け取る。
俺たちは、二人して一緒の想いでいる。
たとえ、それは身が砕けようと変わらない。
変わらないのだ。
……だから……。
「……やっぱり……こうするしかないね……」
「……だな……」
包丁が二つ。
俺と式乃の手に持たれ、鋭い先を腹部に向けている。
勢いよく突けば、きっとそれは肉を押して刺さっていくはずだ。
倫理を失っても、この世の常識は俺たちを取り巻いていく。
もう、厄介なのは嫌だった。
いつまでも、どこまでも、二人でい続けたい。
静かで、誰にも邪魔されない、二人だけの世界で。
一緒に。
「……大丈夫だよ……痛いのだって耐えられるから……」
「……俺が……傍にいるからな……」
「それは私も……。お兄ちゃんが苦しくても……式乃が傍にいるからね……?」
「……ああ……」
頷いて、見つめ合い、決心する。
流れる汗も、跳ねる心臓も、式乃がいてくれれば、何だって耐えられるんだ。
行こう。
大丈夫だから。
激しい痛みは、やがて薄れゆく意識と共に無くなっていった。
あるのは、繋がれている式乃の手の感触。
出会った時と変わらない、大切な義妹の温もりだった。
『お兄ちゃん。ずっと、何が起きても一緒だよ?』
耳に届く言葉は、永遠だ。
俺たちは果ての果てまで愛し合い、透明な世界で抱き締め合う。
今度はもう、赤も何色もない。
すべてが透明で、俺たちの邪魔なんてするものはない。
『俺も、式乃を愛してるよ』
呟いて、俺たちは互いに結ばれた。
二人きりの世界の中で。
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