第27話 釈然としない

「恵美はね、現彼氏である杉崎君のことを完全に利用している。好意の無い状態で交際関係を続けているんだ」


 菅井の発言を受け、俺と式乃はつい目を丸くさせてしまう。


 菅井の隣に座っている江良は、宙を見上げながら「やっぱりね」とほくそ笑んでいた。


 追求せずにはいられない。


「はぁ……!? 何だそれ……!? 織原も杉崎君に興味が無い……!? なのに付き合ってるって……何で……!?」

「人のこと言えないじゃん! あの女だって私と似てるようなことしてる!」


「いや、残念ながらそうでもない。恵美のやってることは、式乃さんのやってたことと少し違う」


「……え……?」


「ここだけの話だが、もしかすると恵美の方が質の悪いことをしているかもしれない。式乃さん、あなたのやってることはまだ可愛いんだ」


「私の方が……まだ……?」


 頷く菅井。


 江良はやり取りを聞き、「でもさ」と会話に割って入って来た。


「そういう情報って、恵美ちゃんはあやのんに直接教えてくれるの? それとも一人でこっそり集めてた感じ?」


「直接は教えてくれない。別に自分から情報収集もしない。恵美と仲のいい友人と二人きりで会話してる時とか、恵美を抜きにした何人かで会話してる時に自然と集まるんだ。噂としてな」


「噂ってことは……何? 確定情報じゃなく、推測も混じってると?」


 菅井は頷いた。「もちろん」と。


「私は探偵みたいな情報屋でも何でもないし、普通に高校生だ。一々聞いたことの裏取りなんてしようと思わない。そんなの当然だろう?」


 まあ、確かに。


 コソコソと一人で暗躍する意味もわからない。


 菅井と織原は友達なんだ。


 よっぽどのことが無い限り、一つ一つの情報が正しいかとか、あまり疑ってかかったりもしないだろう。


 余計な懐疑心は友人関係の不和を生む。


 女子同士ならなおのことそういうのに敏感なはずだ。


「ただ、恵美が杉崎君に恋愛的な感情を抱いていない、というのは個人的に事実だと思っている」


「……それは、彼女から直接聞いた、と?」


 俺が問うと、菅井は頷く。


「初期にな」


「初期……?」


「付き合い出して間もない頃だ。杉崎君には特に恋愛感情を抱いていない、と二人きりで行ったファミレスの席で私に漏らした。あくまでも告白してきたのは杉崎君だ、と」


「……? い、いや、それは違うだろ? だって、式乃は織原に杉崎君を寝取られたんだ。二人が恋人関係になるまで、杉崎君は式乃と付き合ってた。そうだよな? 式乃?」


 俺の問いかけに式乃は頷いてくれる。


 そうなのだ。


 菅井の今の発言は辻褄が合ってない。事実とかけ離れてる。


 ……が、


「これが今回の話の要点だな。あなたたちの認識は誤っている」


「……?」「……どういうこと?」


 俺も式乃も首を傾げた。


 何が誤っているのか。


「恵美は式乃さんから杉崎君を奪ってはいない。あくまでもあの子に手を出したのは杉崎君なんだよ」


「なっ……!?」


「だから、そうだな。形として言うならば浮気か。彼は式乃さんと付き合っている状態で恵美に手を出してしまった。残念ながらな」


「……っ」


「仕方ないと言えば仕方ない。恵美は人望もあって見た目もいい。自分の想いが式乃さんに届いていないと理解していたなら、心移りしても無理はないだろう」


「……自分で式乃へ告白したとしても、か?」


「ああ。自分で式乃さんに告白したとしても、だ」


 歯ぎしりしてしまった。


 俺の傍にいた式乃は、深いショックこそ受けてはいないものの、どこか困惑している。


 その困惑をぶつけるように、菅井へ話しかけていた。


「……でも、それであの女にも結局また利用されてるんでしょ? 杉崎君は……」


「そうだな。利用されてる。女を見る目が無いよ、彼も。あれだけの外見を持っていて、どうしてこうなるのか私にもわからない。恐らくそういう星の元なんだろう」


 ニヤけながら江良も会話に入って来る。


「けど、式乃ちゃんさ、なんかあんまり苛立ってない感じだね? 寝取られじゃなく、元彼氏の浮気が発覚したのに」


 式乃はふいっと目を逸らし、


「……別に。もう杉崎君のことはどうでもいい。私にはお兄ちゃんがいるし、寝取られたとか浮気だとか、ハッキリ言って関わりたくもないもん」


「ふふふっ。かわいそ。それ、杉崎君が生で聞いてたらゲロゲロに落ち込んじゃうやつだね」


「……」


 何も言い返さず、式乃は俺の腕をそっと抱いてきた。


 それ自体は嬉しい。


 嬉しいが……。


「……なんか釈然としないな」


 俺はボソッと一人で呟く。


「……? 何が釈然としない?」


 菅井が首を傾げる。


 俺も「いや」と首を捻って続けた。


「ハッキリとこれがよくわからない、ってことはない。杉崎君が寝取られたわけじゃなく、浮気していた、というのもとりあえずはわかった」


「……」


「ただ、これは菅井さん。あんたの言うことをまるっきり信じた場合だ。もしあんたが俺たちに嘘の情報を教えてくれていたり、デタラメを喋っていたら、俺たちはただ情報に踊らされただけになる」


「……そうだね。その通りだ」


「あんたは、何だかんだ言って織原の友達だしな。俺たちに協力的になってくれる理由が今のところ見当たらない。江良さんと親しいってわけでもなさそうだし」


「……」


 的は得ているようだ。


 俺の言い分に否定せず、ただこちらをジッと見つめる菅井。


 彼女は少ししてクスッと笑み、やがてため息をつきながら肯定してくれた。


「そうだな」と。


「悪くない推測だよ。私と江良は言うほど仲良しでもない。ただ、一年生の時にクラスが一緒だっただけで、恵美の元友達ってだけの繋がりだ。要するに、友達の友達。今は『元』だけどな」


「元……?」


 俺が疑問符を浮かべると、江良が痛いところを突かれたように「それは……」と誤魔化すように言ってくる。


 何があったのか。


「あやのん、さすがにそれ話すのは勘弁。アタシにもオーケーなこととダメなこと、あるからさ」


「……彼らに協力する立場じゃないのか?」


「……ふふっ。うん。それはね。ただ、今そういうこと話しても何も意味無いと思うんだ。ね?」


「……」


 何とも言えない圧みたいなものを感じる。


 菅井もそれを察したらしく、結局そこから先のことを菅井は教えてはくれなかった。


「まあいい。宇波君、言っておくが、私も恵美のすべてを知っているわけではない。友達ではあるが、その前に他人だ。考えすべてを見透かすなんて無理だよ」


「それは知ってる。別に全部本当のことを話せとは言ってないし、俺も騙される気はない」


「そうか? それならいいんだが」


 言って、菅井は立ち上がった。


「帰るのか?」


「ああ。残念ながら私はカラオケを楽しみに来たわけではないし、それに――」


 ――君たちからすれば、敵だからな。


 微笑を浮かべながら言う菅井。


 その表情は清々しいながら、どこか裏があるような気がして。


 俺はそれ以上彼女に何も言い返すことができなかった。


「じゃあ、江良。後は三人で楽しみなよ。私はここらで帰る」


「えー、もう帰るの? なんか一曲歌っていきなよ? スカッとするよ?」


「いい。お金は払っていないし、何よりもすることがあるから」


 そのすることってのが何なのか。


 俺たちが問う前に、彼女は小さく手を振り、部屋を後にするのだった。

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