第26話 毒をも食らう『好き』

「恵美はね、君のことが好きなんだ。宇波君」


 聞き間違いか何かかと思った。


 俺は困惑のあまり疑問符を浮かべる。


 隣に座っていた式乃は、大きな声を裏返らせながら立ち上がっていた。


 すぐさま向かい合って座っている菅井へ問い詰める。


「ど、どういうこと!? なんで!? なんであの女がお兄ちゃんのこと好きなの!? 杉崎君は!? 杉崎君が今彼氏じゃん!」


 完全に動揺している。


 式乃の冷静じゃない様を見て、江良はゲラゲラ笑い、菅井は落ち着くよう諭してくる。


 申し訳ないが、冷静でいられるはずがない。


 俺の思いと同じく、式乃は首を横に振って冷静になれるわけがない旨を叫ぶ。


 そして続けた。


「ふざけないでよ! あの女、私から杉崎君を奪ったんだよ!? 奪うってことは杉崎君が好きってことじゃん!? お兄ちゃんが好きなら、なんで私の彼氏だった人に手を出すの!? どう考えてもおかしい! おかしいよ!」


「俺も式乃と同じ意見。どう考えてもおかしい。なあ、江良さん? あんたを少し信用した俺がバカだったのかもしれない。菅井さん、適当なことしか言わないんだが?」


 俺が言うと、江良は手を叩き、笑いながら返してきた。


「別にそんなことないって! この子、はっきし言っとくけど嘘を付くようなタイプじゃないよ? ほぉら、見た目でわかんない? クール系のさっぱりした感じでさ?」


 茶化すように菅井さんの周りに手をやり、ほわほわ演出してみせる江良。


 それを見て、菅井はため息をつき、再び俺の方を真っ直ぐ見やってきた。


「あなたたちがどう思おうが勝手だけど、私は嘘なんてつかないよ。言いたくないこととか、恵美の立場が悪くなるようなことはそもそも言わないし、答えない」


「でもおかしいじゃん! あの女がお兄ちゃんのこと好きって!」


「おかしくはない。だってそれは事実だから」


「事実だとしてもおかしいし! 普通に考えて!」


 式乃とは対照的に冷静な様子で首を横に振る菅井。


 彼女は続けた。


「あなたの物差しなんてどうでもいいよ、式乃さん。確かに倫理観とか、世間の常識に当てはめて考えれば、恵美の考え方はぶっ飛んでるかもしれない。けれど、私からすればあなたも相当ぶっ飛んでる」


「はぁ……!?」


「聞いたよ。本当は義理の兄である宇波君のことを想っていたけれど、兄妹という関係から想いを伝えられず、適当に杉崎君と付き合い、彼を他の男子から告白されないための隠れ蓑として利用していたんだろう?」


「ち、違っ……! それは向こうから――」


「杉崎君は見た目がいいだけではなく、優しさもあるからね。あなたの本当の想いに気付きながら付き合っていて、『重いのはやめよう』って言ってくれた。たとえ彼から告白してきたとしても、私ならそこで利用しようという考えには至らないよ。申し訳なくなって自分から別れを切り出すね。ハッキリ言って鬼畜だよ、式乃さんは」


「っ……!」


 わかりやすく痛いところを突かれた様子の式乃。


 言われっぱなしじゃダメだ。俺は少し前のめりになった。


「えらく好き勝手言ってくれてるけど、その辺にしてくれないかな? 式乃の話は今いい。織原恵美のことが知りたいんだ、俺たちは」


 菅井の視線が俺へ向く。


 江良は彼女の横で「かっこいいね~」と俺を茶化してきた。無視だ。


「妹さんを庇うのに必死なんだね、宇波君」


「まあ。今は恋人でもあるし」


「それも本当なんだ」


「本当」


 ジッと視線を逸らすことなくぶつけ合う俺と菅井。


 その横で、江良がポンと手を叩いた。


「あ、そだ。知ってる? あやのん? この二人ね、兄妹で授業抜け出して空き教室で――」


「黙っててくれ江良さん。真剣な話してる」


 冗談は抜きにして、真面目な顔で彼女の方を見ずに言う。


 菅井は江良さんの方を少しだけ見やってから、また俺の方を向いて口を開いた。


「あなたたちが勝手に何をしようとも私には関係ない。それより、話は恵美があなたのことを好いてるってこと。あの子のやり方も相当なのは認めるけど、式乃さんも大概だよ、宇波君? それは認めてもいいんじゃないかな? 倫理的に考えて」


「まあ、それで杉崎君が本音を隠して傷付いてたってんならそうだね。式乃も彼の恋心を踏みにじった節があったかもしれない」


 俺の発言の直後、式乃はこちらを見つめてきた。


 その瞳がどういう色をしているかは知ってる。


 ショックなんだろう。


 ……でも――


「だけど、そんなことで俺は式乃のすべてを否定する気にはなれない。好きな想いだって一ミリも変わらない。イエスマンになるつもりはないけど、そういうところひっくるめて俺は式乃のことが好きなんだ」


「……へぇ。そう。言うね、あなた」


「そりゃあね。血の繋がりが無いとはいえ、何年も兄貴やってたら悪いところだって元から知ってる節もある。俺の式乃に対する『好き』を舐めないでくれ」


「毒をも食らう、と?」


「そういうこと。食らい続けて耐性ができて、もはや好物になってるまであるな。はははっ」


「ごめん。気持ち悪いね、本物のシスコンを前にするとやっぱり」


「ストレートだな……。まあ、他の人から見たら当然そうなるんだろうけど……」


 苦笑し、俺は頬を掻く。


 言い返すこともできないわけだが、そっと俺の腕を抱き、泣きそうな目をしている式乃を見ると、多少の罵倒なんてすぐにどうでもよくなった。


 頭を撫でてあげると、スイッチが入ったかのようにポロポロ涙を流す。


 慌ててハンカチで目元を拭ってあげた。


 先輩相手に頑張って言い返してたんだろうな。


「何にせよ、式乃を責め立てるのは勘弁してやって欲しい。何度も言うけど、織原恵美、彼女のことを教えてくれ」


 俺が言うと、頭の後ろに両手をやっている江良が肘で菅井を突いた。


「ま、そのためにあやのん呼んだしね。そろそろ具体的に話したら? どういう経緯で恵美がお兄ちゃんに好意寄せたか」


「……杉崎君がいるのに、か」


「そーそ。この歪な関係性の解説だけでもさ、せめて」


「……やれやれだね」


 ため息をつき、メロンソーダを口にする菅井。


 コップの中は空になり、氷だけがジャラジャラと残っている。


「じゃあ、余計なところはなるべく端折って簡単に説明するよ。恵美の、宇波君に対する好意について」


 頷き、俺は前のめりになる。


 彼女は、意を決したかのように説明し始めた。


「まず第一に、恵美は杉崎君のことを完全に利用している」

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