第25話 織原さんはね

「それにしても、危なかったよ。君たち、私が現れなかったら授業すっぽかしてイチャラブ早退しようとしてたんだもんな。わざわざ家まで行かなきゃいけないとこだった。危ない危ない」


 迎えた放課後。


 俺と式乃は、午前に知り合った江良と一緒に、カラオケハウスまでの道のりを歩いていた。


「……こっちからしたら最悪。あなたのせいでお兄ちゃんと早退できなくなった」


「あはははっ! そいつは悪かった悪かった! 妹ちゃん、ほんとお兄ちゃんラブなんだねぇ? ん? 早退して、家でどんなことするつもりだったのかな? お姉さんに教えてくれたまえよ?」


「……そんなの決まってる。家に帰るなりお兄ちゃんを私の部屋に連れ込んで、それで」


「式乃、ストップ。ムキになってわざわざこの人に細かいことまで教えなくていい。思うツボだから」


 俺が言うと、江良は惜しかったとばかりに舌打ちしながら指パッチン。


 式乃はムッと頬を膨らませ、「そんなの関係無しに言っちゃえばいいよ」と反論してきた。


 それはさすがにダメだ。気分のいいもんじゃない。この人に色々知られるのは。


「けど、江良さん。こんなこと聞くのは今さらだが……」


「ん? 何々? 江良ちゃんはいつでも何でも質問を受け付けてるよ? 今さらなんてのは無いから安心して聞いていい」


「あんたは俺たちの味方として信じていいのか?」


「んあ?」


「拓夢のことが好きで、拓夢からお願いされたことを聞いてる、と言った。だったら、それは全幅の信頼を置いた上で色々相談とかしてもいいのかって聞いてる。どうなんだ?」


 問うと、彼女は即座に頷くことをせず、まずは宙を見上げて「うーん」と考え込んだ。


「それはさ、君が私に聞くことじゃないね」


「……?」


「これは面倒な私の持論なんだけど、基本的に人間なんてものは誰にしても全幅の信頼をおける対象じゃない。完全な信頼をしていいのは、故障しない完璧な機械だけだよ」


「……何の話だ?」


「君の質問に対する私なりの回答。まあ、聞きなよ」


 言って、江良は馴れ馴れしく俺の肩に触れてくる。


 それを見た式乃は、敵意丸出しで俺の肩に置かれた彼女の手を払っていた。


 ケラケラ笑いながら、江良は続ける。


「考えてみて? 例えば、君の相談に乗ったり、君にとって非常に重要な情報を私が教えてもらっていた」


「……ああ」


「でも、ある時君たちが敵視している織原さんが、私を殺そうとしてきた。それこそ、ナイフでも持ってね」


「はぁ……?」


「それを見て、私はびっくり仰天! 当然ビビり倒して、どうにか見逃してくださいと懇願するんだ。彼女の足元に縋り付いたりしてさ」


「……そのまま刺されて死ねばいいのに」


「ひどいなぁ、式乃ちゃん! そんなこと言わないでよぅ! もう! まあいい。それでね、織原さんは私にとある提案をしてくるんだ」


「提案……?」


「ああとも。殺されたくなかったら、宇波守理と宇波式乃の秘密を吐け、ってね。そうしたら、私はどうすると思うだろう?」


「……あんた……」


「そう! 私は君たちを売ります! たとえ拓夢君の友達であっても、しっかりばっちり! ごめんね、さすがに私も自分の命が惜しいから!」


「つまり、信用はするなってことか」


「そゆこと! 全幅の信頼なんて置くべきじゃない! 優しいでしょ、私? 事前にこんなことを言うなんて! ねぇ、しーちゃん?」


「……やめて……その呼び方……」


「あっはぁ! いいねぇ、しーちゃん! お兄ちゃん見る時とは違う、殺気丸出しの濁った視線! お姉ちゃんゾクゾクするなぁ! えへへへへぇ!」


 明らかにこの女は変人だ。


 拓夢がこの人と交際するまでに至ってない理由がなんとなくわかった気がする。


「……わかった。そういうことなら、あんたは信用しない。たぶん、絡むのも今回が最後だ」


「いやいや、たぶん最後にはなんないと思うよ? 君、これからも絶対私の力が必要になると思うし」


「ならないよ。もう面倒な人間関係の輪をこれ以上広げたくない。はっきり言って後悔してる。昼、式乃と一緒に家に帰ってればよかったってな」


「それで家にこもって病的な愛を育むの? お勧めしないなぁ。それ、待ち構えてるのは確実にバッドエンドだよ。社会に出れなくなりそうだし」


「勝手に決めつけないでくれ。あんたに推測で言われるとすごく不愉快だ」


「いやいや、けど間違ってないでしょーよ。私の推測、なかなかに当たっちゃうし」


 やり取りをしていると、目的のカラオケハウスへ到着した。


 外には、江良のいう菅井絢音らしき女子なんて見当たらない。


 どうもまだ来てないみたいだ。


「じゃ、先に部屋取っとこうか。番号は私が後で彼女にLIMEしとくからさー」


 江良の言ったことを受け、俺たちは受付を済ませる。


 取ったのは2時間コース。


 高校生からすれば、一人当たりの支払いもバカにならない額だ。密会する場所が必要だったとはいえ、ここまでの値段を取られるのは正直痛い。


 菅井との会話を絶対に価値のあるものにしなければ。


 半ば損したような気持ちで、俺たちは各々好きなドリンクをコップに注ぎ、指定された部屋に入る。


 広さとしては悪くない。


 四人でちょうどいい広さだ。


「絢音ちゃん、もうそろぼち来るってさ」


「ああ、そっか」


「彼女が来るまで暇だし、私なんか曲入れてもいい? 歌わせてよ?」


「お兄ちゃん、ならデュエット曲入れよ? こんな女に歌わせたくないし」


「おわっ! 鬼畜だねぇ、式乃ちゃぁん!」


「この曲と、この曲と、この曲」


「おいおいおい! 三曲連続で入れやがったよこの子! しかも、お姉さんをハブるように全部デュエットものだし!」


「始まるよ、お兄ちゃん。マイク持って?」


「あっはははぁ! 残念でしたー! マイクはもう私が持ってまーす! 私がお兄ちゃんの代わりに歌いまーす!」


「……じゃあ、曲中止にしよ」


「おいおいおいおい! ちょっと女王様が過ぎない? 式乃ちゃぁん!」


 俺が何も言わないのをいいことに、二人はギャーギャー言い合いながらやり取りしていた。


 見ている方も面倒でしかない。


 早く来てくれ、菅井さんとやら。


「ごめん。遅くなった。お待たせ」


 俺が一人でそんなことを考えていると、唐突に部屋の扉が開く。


 菅井さんと思しき女子が中に入ってきた。


「おぉ! やーっと来た! 待ってたよ、あやのん!」


「相変わらずテンション高いね、江良。……宇波兄妹は落ち着き払ってんのに」


「そんなことないよ! この妹ちゃん、案外狂犬だよ!? さっきから私に敵意丸出しなの! ちょっと手に負えないかもって思ってたとこ!」


「それはあなたがお兄ちゃんに変な形で絡もうとしてくるから。私のお兄ちゃんに勝手に絡まないで。ほんと、殺すよ?」


「見なよ! こんな風にさぁ!」


 冷静な菅井はため息交じりにボックスソファへ腰掛ける。江良のちょうど隣で、俺たちと向かい合う形。


「どうでもいいよ。ていうか、私たち会話しにここへ来たんでしょ? 曲消しなよ。誰も歌わないのに流してたら変じゃん」


「はいはーい! ほら、式乃ちゃん! 消して! 君が入れたんだからさー!」


「あなたが消せばいい。ちょうど入力機がそこにあるんだから」


「だーっ! もうっ! 頑固だなぁ!」


 言って、江良は三つほど入っていた曲を全て消す。


 広告映像が流れ出し、部屋の中は比較的静かになった。


「さて、じゃあ話そうか。恵美のことについて聞きたいんだよね、宇波兄妹さんたち」


 当然のように問うてくる菅井。


 俺はそれに対し、少々面食らってしまった。


「聞きたいからって言って、あなたは俺たちに織原さんのこと色々話してくれるんですか?」


「別に構わないよ。隠すことなんてたいして無いし、そもそも恵美にとって不利益なことでもないだろうし」


「けど、彼女は今俺たちをめちゃくちゃ敵視してる。ほんと、何でかってくらい」


「まあ、それはあの子にも色々あるからね。杉崎君のことも、式乃ちゃんに対しても」


「式乃、なんだ……」


 名前を挙げられ、式乃は意味がわからないとばかりに首を傾げていた。眉間にもしわが寄ってる。


「無意識のうちに式乃が織原さんに何かしてたってことなのかな? 俺はその辺りがよくわからなくて……たぶん式乃自身も」


「うん。まあ、無意識なんじゃない? そうだよね?」


 菅井の視線が式乃に注がれる。


 式乃はなおも首を傾げていた。本当に意味がわからない、とばかりに。


「って、こっちが聞くのもおかしな話か。無意識なんだから、聞いたって『はいそうです』なんて言えないよね。ごめん」


「……じゃあ、いったい織原さんは無意識な式乃のどんなことに対して怒ってるのか……」


「うん。言うよ。たぶん、それはあの子自身が誰かに遠回しに言ってもらいたさそうにしてたし」


「え……」


「単刀直入に言うとね、杉崎君がかなり影響してる」


「杉崎君……?」


「杉崎君と式乃さんの付き合い方、かな? それと、お兄さんとの距離の取り方」


「俺との距離の取り方……?」


「そ」


 言いながら、菅井はコップに注いでいたメロンソーダを少し飲んだ。


「その辺りのこと、全部ムカついてるみたい」


「……そんな……」


「あと、君に対しても恵美は少し思いを抱いている」


「お、俺……?」


 そもそも、そんなに絡みなんてなかったが。


「恵美はね、君のことが好きなんだ」

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