第28話 壊れる足音
カラオケハウスから出ると、外は既に暗くなっていた。
無理もない。
時刻は十九時を少し回ったところ。
父さんと母さんには、式乃も含めて友達とご飯を食べてくる、とあらかじめ伝えてる。
あまり遅くなり過ぎるのもダメだが、流石にまだ許される時間帯だ。
適当に三人で近くのファミレスに入り、会話の続きをする。
釈然としないことを江良に伝えながら。
「……へぇ〜、そっかそっかぁ。お兄ちゃんはあやのんのこと、イマイチ信じられないかぁ〜」
「……ついでに言えば、あんたのことも信用しきれてない。いろいろ教えてくれたり、菅井さんと話す場を設けてくれたから感謝はしてるが」
「私は一つも感謝してない。目の前から早く消えて欲しい」
「あはははっ! 相変わらず嫌われてんねぇ、アタシ! ふふふふっ!」
いったい何が面白いのか。
式乃に睨まれ、笑いながら皿に載っているポテトを口へ運ぶ江良。
このピエロっぽさが江良柚日を信用しきれない原因にもなってる。
口にはできないもどかしさを感じつつ、ハンバーグのひとかけを食べる。
「まあしかし、君はそれで構わないんだろう? お兄ちゃん?」
「……?」
「言ってたじゃん? 『お前の言うことは全部を信用するわけじゃない。自分で考えながら織原恵美との関係をどうにかする』ってさ」
「……何が言いたい?」
「いいんじゃない? ってこと。別にアタシたちが信用できなくても、君はそれで」
「……まあ、それはな」
「でしょ? ふふふっ」
舌打ちしたくなる。
確かにその通りではあるが、深いところでそうじゃない。
織原恵美という厄介な存在をどうにかするには、彼女を知る人から信用できる情報が欲しい。
心の奥底にある本音としては、どうしたってそれだ。
すべてを信用し切れない。
信用するべきじゃない。
江良柚日がそれに該当しないなら、もうこの人との関わりはここまでにするべきだろう。
そもそも、話しかけてきたのは江良からなのだから。
「あ、そうだ。あと一つ、お兄ちゃんには言っとかなきゃいけないことがある」
「……その呼び方、やめてくれないか……?」
俺の言葉と同時に、式乃も同調してきた。
本当にやめろ、気持ち悪い、と。
だが、江良はそれをまったく意に介さない感じで笑ってあしらい、続けた。
「恵美の周りにいる人から恵美の情報を聞き出そうとするの、今後はやめた方がいいよ?」
「……? なんでだ?」
「決まってるじゃん? あやのんは例外中の例外だよ。普通ああやって自分の友達を売りはしないし、自分に接触してきたことを恵美に言いつけるものでしょ?」
「いや、それはそうだよ。わかってる。別に織原とすごく仲良くしてる人から何かを聞き出そうとは思ってない。ただ、彼女のことを軽く知ってる人に聞こうとしてるだけで……」
「うん。だから、そういうのもやめた方がいいって言ってるの」
「……え?」
いつにもなく真剣な表情だった。
俺を睨んでるわけじゃないが、どこかそんな雰囲気を感じる眼差し。
彼女を見つめ返しながら、俺は疑問符を浮かべる。
「恵美はすごく交友関係広いから。裏で誰が君のことをあの子に教えてるかわからない。普通の子なら、すぐに終わる。君たちの考えてること、聞いてきたこと、全部筒抜けなんだ」
「……っ」
「アタシの言うことが信用できないのもわかるけど、これだけは肝に銘じておいた方がいいかな。自分から恵美周りの人に声を掛けるのはやめといて? ね?」
お願いだから言うことを聞いてくれ。
まるでそんな風に言ってくる江良。
これだけは彼女の本音なのかもしれない。
そのギャップに、疑心に満ちた心が少し緩む。
黙り込み、再び口を開こうとすると、隣にいた式乃が俺の顔を見つめて呼びかけてきた。
「ねえ、お兄ちゃん……?」
「……? 式乃……?」
江良の訴えてくる表情とはどこか違う、本当に、切に俺へ大切なことを伝えてくれようとしている目。
そんな妹を見つめ返し、俺は自分の心臓がドク、と強く揺れるのを感じた。
「もう……いいんじゃない……?」
「え……?」
「私……信用できない……この人のこと……なんか嘘ついてるようにしか思えない……」
「……式乃……」
妹の顔が俺に近付く。
その表情には、疑いようのない、紛れもない本気が浮かんでいた。
「もう……あの女……織原恵美がどれだけお兄ちゃんに付き纏ってきても……私はいい……。私がお兄ちゃんの傍にい続けて……あの女を追い払えばいいだけだから……」
「っ……」
「私……ずっとずっと……四六時中お兄ちゃんの隣にいるよ……? だって……もう恋人だから……」
式乃の言葉を聞いてか、江良がクスクスと笑い始める。
次第にそれは大きくなり、不愉快に思ったであろう式乃が彼女の方を鋭く睨み付けた。
「……なに? なにが可笑しいの……?」
「いやぁ、ごめんごめん。そういうところも相変わらずだなぁ、と思って。式乃ちゃんは一生懸命だね。お兄ちゃんを守ろうとして」
「……そんなの当たり前。好きなんだから」
「ふふふっ。好きだから、かぁ。ふーん」
俺の左腕を抱く式乃の力が少し強まる。
江良を警戒して、俺を守ってくれようとしている、そんな力。
「けどさぁ、私言わなかったかな? 周りを顧みないイチャつきは、あなたたち自身を滅ぼすよ、って」
「……は……?」
「式乃ちゃん? あなたが一人でお兄ちゃんを守ろうとしたって、そんなの無理なの。あなたは絶対にあの子からお兄ちゃんを奪われる。断言できる」
聞き捨てならない。
俺は反射的に言い返していた。
「そんなのあり得ない。俺が式乃を差し置いて織原と付き合うとか、絶対に起こり得ないことなんだよ」
「うんうん。感情的に言えば確かにその通りだ。お兄ちゃんは式乃ちゃんのことが好きで、血の繋がりがないとはいえ、兄妹で恋人関係を結んでるくらい思いが強い。だから、感情的に言えば君が式乃ちゃんじゃなく、恵美を選ぶなんてあり得ないことなんだよね。本来は」
江良の目の色が変わった気がした。
彼女は、俺を、いや、俺たちを嘲笑うかのように笑み、
「もうドツボにハマっちゃってるんだ。君たちが私と会話して、あやのんと会話した、その瞬間から」
「……は?」
「式乃ちゃん? とりあえず、私の言ったことは胸にちゃんとしまっといて? あなたが一人でお兄ちゃんを独占しようとしても無駄。絶対にあなたは破滅する。今度は本当の意味で悲しい涙を流すことになるよ?」
「っ……! な、何が言いたいの!? さっきから言ってることの意味がわかんないんだけど!?」
式乃の声が大きくなる。
周りのお客さんが俺たちの方をチラッと見やってきた。
……が、江良はそんなことを意に介さず、微笑のまま式乃をじっと見つめている。
「何度も言わせないで? 一人でお兄ちゃんを独占するのはやめておいて。そういう話」
「無理! そんなの無理! あんたの話を聞いて、なおさら無理になった! もしかして、ほんとはあんたもお兄ちゃんを……!」
「あはははっ! それはない! それはないよ!」
手を叩いて笑う江良だが、すぐに表情を無に戻し、そっと呟いた。
「……無いけど……誰か複数人が欲しがってるものっていうのは、基本的にその複数人で分けるものだと私も思ってるからさ」
「……!?」
「ね? 式乃ちゃん? 独り占めはだーめ。うふふっ。わかった?」
見たことのない江良の顔に、俺は冷や汗を浮かべ、ただただ首を横に振るのだった。
あり得ない。
俺が式乃以外の女の子を選ぶなんてあり得ない、と。
そう、自分に言い聞かせるようにして考えながら。
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