第29話 欲しいのは頑丈なロープ

 本当なら俺たちは今日、二限終わりくらいの時間帯で家に帰ってるはずだった。


 織原恵美も、杉崎良太も、何もかもがどうでもいい。


 面倒事をすべて放り投げ、ただ式乃と一緒に二人で過ごす。


 そうしていくつもりだった。


 けど、気付けば時計の針は夜の八時を指し示してる。


 江良、菅井と、余計な人間関係が積もっていっただけ。


 拓夢の名前を出されようと、最初から江良柚日のことなど無視しておけばよかったんだ。


 そうしたら、変に俺は式乃とのこれからに憂いを抱くことなんてなかったし、織原の脅威なんて感じることなく日々を過ごせていた。


 余計に自分を追い込んでしまっただけ。


 そこに尽きる。


 拓夢のしてくれたことはただのお節介だ。


 江良柚日はそもそも毒饅頭だった。


 あいつは信用できない。


 後で拓夢にLIME送っとこう。


 お前も気を付けた方がいい、って。


「……式乃。結局夕飯まだ何も食べてないけど、どこかコンビニでも寄ろうか?」


「……」


 俺の腕を抱きながら、うつむいて歩いてる式乃。


 返事を声に出さず、頭を小さく縦に振って応じてくれる。


「おにぎりとか、色々食べられるもの買っとこう。俺の部屋でパーティっぽいことしようか。お菓子も買う?」


 問うと、式乃はまた頷いてくれる。


 相変わらず黙ったままかと思ったが、今度は違った。


「お兄ちゃん」と、小さい声で俺を呼んできた。


「部屋……私のところにしよ?」


「ん……? 式乃の部屋か? ああ、いいよ。全然オッケー。じゃあ、そうしよっか」


「あと…………ゴムももうない。前、全部使っちゃった」


 心臓がバク、と跳ねる。


 静かな式乃の報告に、俺は一瞬戸惑いながらも頷いた。


 わかった、と。


「それと…………ホームセンター寄っていい……? 帰り道にあるとこ」


「……え? ホームセンター?」


「……ちょっと買いたいものあって……私……」


 疑問符が浮かぶ。


 このタイミングでホームセンターか、と。


 買いたいものっていうのもピンと来ない。


 いったい何が欲しいんだろう。


「いいけど、まだやってるかな? あそこ、割と早めに閉まらなかったっけ?」


「まだやってる。たぶん、夜の九時に閉まるはず」


 そうらしい。


 まあ、そういうことなら構わない。


 俺は了承した。


「でも、ホームセンターで何買うんだ? 式乃がそういうとこで買い物するの珍しい気がする」


「……ちょっと、ね。行ってからのお楽しみ」


「……?」


 よくわからないまま、俺たちはコンビニとホームセンターを目指すのだった。






●〇●〇●〇●






 コンビニよりも先に入ったホームセンターで式乃が購入したのは、頑丈そうなロープだった。


 長さもそこそこあり、何かを固定したり、縛ったりするのには充分というもの。


 ただ、こんなものをどういう用途で使うのか、まったく想像できない俺は首を傾げるしかなくて。


 式乃に聞いてみても、答えは濁すばかりでちゃんと答えてはくれなかった。


 少しばかり嬉しそうにして、「秘密」と口にするだけだ。


「……じゃあ、お兄ちゃん。欲しいものも買えたし、コンビニ行こ?」


「……う、うん」


「式乃、お菓子も買いたい。甘いものと、しょっぱいもの」


「いいよ。買える範囲でなら何でも買ってあげる。……買える範囲ならな」


「ふふっ。大丈夫。そこは式乃も出すから。一緒に合わせて買お?」


「そう言ってくれると助かるな。情けない兄ですまん」


「全然。そういうの、式乃は気にしないから。……むしろ、もっとお兄ちゃんの情けない姿見たいくらいで」


「……え?」


「ううん。何でもない。早く行こ?」


 言って、式乃は俺の腕をより一層強く抱き締める。


 不思議だった。


 夜闇のせいで式乃の顔はちゃんと見えないのに、なにか背が冷えた。


 嫌な予感がするなんて、こんなタイミングで使うべきじゃないはずなのに。


 きっと気のせいだろう。


 俺は一人で首を軽く横に振り、式乃とくっついた状態で歩いた。







 コンビニで欲しいものを買った後は、すぐに家へ帰った。


 玄関を開け、リビングに入って、父さんと母さんに帰ったことを伝える。


 そこから、俺はすぐに色々と食べ物などが入ったレジ袋を持って階段を上がろうとするのだが、式乃は何か別に取りに行きたいものがあるらしい。



 一人で二階へ上がり、式乃の部屋へ入る。


 いつも通り、式乃の香りがする空間。


 ベッドがあって、机があって、押し入れがあって、その他妹の趣味による家具が丁寧に置かれていて。


 広くはないものの、特段狭くもない。


 その部屋の真ん中で俺は腰を下ろし、一息ついた。


 で、スマホを開き、拓夢へメッセージを送ろうとした矢先だ。


「――!」


 部屋の電気が突然消える。


 停電かと思い、すぐに俺は辺りを見渡すのだが、


「お待たせ、お兄ちゃん」


 焦った様子のない式乃の声が扉のところからする。


 どうも犯人は式乃らしい。


 俺を驚かせるためにわざと部屋の電気を消しただけか。


「なんだ、びっくりした……。まったく。式乃、部屋の電気付けてくれ? このままだと何も――」


 ――見えない。


 そう言おうとした刹那、俺は背後から目元に何かを付けられ、強引に式乃から口をふさがれるのだった。


「……ふふっ。お兄ちゃんは私だけのもの……ワタシダケノ……うふふっ」

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