第31話 赤ちゃん
私――宇波式乃は、お兄ちゃんのことを世界で一番愛してる。
お兄ちゃんと言っても、実兄じゃない。
血の繋がりの無い義兄だ。
今でもあの時のことは鮮明に覚えてる。
小学三年生の時、お父さんが新しいお母さんと再婚することになって、私は守理お兄ちゃんと出会った。
最初は怖かった。
お兄ちゃん自身は優しそうで、すごく仲良くしてくれそうだったけど、私がちゃんと話せるかなとか、変な子だと思われないかなとか、色々不安に思って、ガッカリされるのが嫌だった。
お兄ちゃんに悪い風に思われたら、新しくできたお母さんにもそのことが伝わってしまう。
そうなったら、お父さんはお母さんに嫌われるかもしれないし、仲が悪くなってまた離婚しちゃうかもしれない。
もうお父さんが悲しんでるところは見たくない。
私も、一人になりたくない。
寂しい思いをするのはもうたくさん。
好きって言って欲しい。
愛してるって言って欲しい。
抱き締めて欲しい。
安心させて欲しい。
傍にいて欲しい。
私が憂うことなんて一ミリもないくらい、どうしようもないほどの『好き』で覆って欲しい。
どうしようもないのは自分でもわかってた。
周りの人がもらえてるものを私はもらえない。
そんな人生だってことも、小学三年生の時点で気付いてた。
だから、どうにかして。
せめてお兄ちゃんに嫌われないようにしないと。
そう思っていたのに――
『――しきのはたいせつないもうとだもん。オレがぜったいまもってあげるからな?』
世界が一気に明るくなったような気がした。
胸の内がふわふわして、勝手に涙が溢れてくる。
暗くて、寒くて、悲しいところから、お兄ちゃんが私を救ってくれた。
お兄ちゃんに抱き締められて、慰められて、私は心の奥底で誓ったんだ。
絶対に、絶対に、私はこの人の傍にい続けたい。
お兄ちゃんの一番になって、お兄ちゃんを幸せにして、どんな時も、いつだって、何をしてでも、一緒にいる。
それが――私。
宇波式乃。
●〇●〇●〇●
「式乃、どう? お兄ちゃん、やっぱりまだ部屋から出て来てくれそうにない?」
お兄ちゃんのための夕飯をお皿に盛り付けてると、お母さんが心配そうに話し掛けてきた。
つい笑んでしまいそうになったけれど、そこはこらえて残念な顔。
「……うん。だいぶこたえてるみたい。式乃だけしか部屋に入って欲しくないって言い続けてる」
「……どうしてなのかしら? そんなに私とお父さんには言いづらいことなの……?」
「……わからない……けど……詳しいことまでは式乃にも話してくれない。会話の相手だけは欲しいみたいで……」
「…………そう」
お母さんがうつむくのを見て、リビングで新聞を読んでいたお父さんも会話に入って来た。
「……今日で三日目だろう? さすがにいつまでもズルズルとこのままってわけにはいかない。明日の夜もこの調子だったら、さすがにお父さんが話をしに行くよ」
「でも……」
お母さんが返そうとするけれど、私がそれを遮る。
お父さんに伝えた。それはやめて、と。
「今のお兄ちゃんは……そういうのダメ。自分で立ち直ってくれるまでは見守ってあげるしかないの」
「式乃、そんなこと言ったってだな――」
「大丈夫!」
私は大きく声を上げる。
お父さんは少し虚を突かれたのか、怯んでしまった。
「大丈夫だよ、お父さん。私もお兄ちゃんが立ち直れるよう、一生懸命お話してあげてるから」
「……お話って……」
「必要なんだ。お話。今のお兄ちゃんには。たぶん、遅くても明後日には元通りになれる」
「……そんな確証どこに……」
「大丈夫。私に任せて?」
「式乃……」
「私に全部……ね?」
▼
「――ふーんふんふーん♪ ふーんふふーん♪ ……ふふっ。ふふふふっ……!」
ダメだ。
抑えようと思っても、笑みが抑えられない。
たくさんの料理が並んだお盆を持って階段を上がる。
今日もこれからこの料理たちをお兄ちゃんに食べさせてあげることを想像したら、ゾクゾクして体の芯からたまらなくなる。
「……お兄ちゃん……今日もいっぱいいっぱい式乃からあげるね……♡」
代わりにもらってるお兄ちゃんの液が、太ももを伝って床に落ちてしまった。
もったいない。
一秒でも早く作らないといけないのに。
「ふふふふっ……♡」
でも、それももう時間の問題。
今頃、あの女はどうしてるだろう。
今日あたりに家まで来るかと思ったけど、そんな動きも無かった。
やっぱりこんなものだ。
私に比べたら、お兄ちゃんを想う気持ちなんてその程度。
そのくせに鬱陶しく付き纏ってきて、本当に死んでしまえばいいと思う。
最悪の場合は殺すことも考えてたけど、どうやらそこまではしなくてよかったみたいだ。
私がお兄ちゃんとの赤ちゃんを作ったって報告したら、どんな顔をするだろう。
落ち込むかな。
絶望するかな。
悔しがるかな。
それとも、なんともない風を装う?
ありそう。
『お幸せに』
とか言って、余裕で何のダメージをくらってもないような感じで。
それなら最初から私たちの邪魔なんてしなかったらよかったのに。
バカみたい。
バカみたいだけど、許してあげる。
あんたがいなかったら私はこんなにも早くお兄ちゃんと赤ちゃんを作ることにはならなかっただろうから。
ある意味、恋のキューピッドなのかもしれない。
最低で最悪な、二度と顔も見たくないキューピッド。
どうせなら、せめて米粒くらいの幸せは願ってあげる。
あんたも幸せになれたらいいね、って。
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