第19話 二人きりの部屋

 初めて見た時から好きだった。


 父さんと母さんが再婚して、俺は式乃と出会った。


 可愛い女の子だと思ったし、何よりも俺には妹がいなかったから。


 大切にしようと思った。


 血のつながっていない義理の妹だからこそ。より一層。






「……ん……お兄ちゃん……」






 ベッドから出ようとする俺の手を、式乃がそっと触ってくる。


 真っ暗な部屋の中だけど、その暗さにはもう目が慣れてる。


 表情こそはっきり見えないものの、式乃の仕草や手の動きはおおよそハッキリと見えた。


 俺は少しばかり口角を上げて笑み、妹の手をひと撫でしてから離す。


 立ち上がり、学習机の電気のみを点けた。


 暗過ぎず、明る過ぎず。


 程よい光の中で、俺は改めて式乃を見つめた。


 ベッドの上で布団を被り、その肌色を覆っている。


 服は何も着ていなかった。


 若干見えている胸の谷間へ視線が行き、何気なく逸らす。


 それを見逃さないのが式乃だ。


 クスッと笑い、そこを突いてくる。


「お兄ちゃんのその反応、経験しちゃったのに、経験したことが無い人みたい」


 何ともまあ嫌な言い方だ。


 俺は頬を引きつらせて笑むしかなかった。


「人間、そんな簡単に変われないんだよ」


「知ってる。実際、私がそうだから」


「……?」


「どんなにお兄ちゃんのこと諦めようって思ってても、諦めきれなかった。好きなままだった」


 隠す気なんてサラサラない。


 自分の想いをストレートに告げてくる式乃は、これでもかというほど魅力的に映った。


 俺はますます妹の方を見ることができなくなる。


 半裸のまま、そこにあった椅子へ座る。


 座ると、囁くように式乃が言った。


 こっちに来て、と。


 布団の中身を控えめに見せつけるようにして。


「……わかったよ。わかったから、そんなに俺へ裸を見せないでくれ。普通にヤバくなるし」


「ヤバくなっても大丈夫。まだゴムあるし」


 からかうように言ってくる式乃。


 俺はもう頭を掻きながら苦笑いだ。


「式乃さん、本当に初めてだった? すごく積極的なんですが」


「初めてだったよ? シーツに付いてる赤色が何よりもその証明」


「っ……」


「私の初めてをお兄ちゃんが奪った証」


 小悪魔っぽくコソコソッと言うのがまた俺を困らせる。


 どうにもコメントしづらくて、俺は言葉にならない声を漏らし、天井を見上げた。


 それを見ていた式乃は、またさらにクスクス笑う。


 ひとしきり笑って、はぁ、と息を吐いた。


「でもさ、お兄ちゃん?」


「……何だよ?」


「私のこと、褒めて? ちゃんと初めてを取っておいたこと」


「……褒めてって……」


「ちょっとマズい時もあったんだ。今日はこれ、逃げられないかもって。そういう時も私、ちゃんとお兄ちゃんのこと想像して逃げてた」


「……お、おう……」


「私が初めてじゃなかったらお兄ちゃん悲しむだろうなぁ、とか。お兄ちゃんを初めての相手にできなかったら、私病んじゃうだろうなぁ、とか。色々考えて」


「……確かに悲しみはしてたかもな。自分の手から転げ落ちていったみたいで」


「……んふふ」


 にまぁ、と笑顔になる式乃。


 調子に乗られると少し悔しいけど、それは紛れもない俺の本音だった。


 だから、別に訂正はしない。


 咳払いし、赤くなっているであろう顔を誤魔化す。


「やっぱり嘘だよね。大切な人が初めてじゃなくても別にいいとか、そんなの気にしないとか」


「……けど、価値観は人それぞれだしな。そういうのを抜きにした愛がある、なんてパターンもあるし」


「無いよ、そんなの。無い。そういうのを抜きにしたら何も残んないよ」


「……そうなのかな?」


「そうなの。だって、現にお兄ちゃんも悲しいかもって今言ってくれたし」


「っ……」


 自分のセリフに首を絞められる感覚。


 式乃は続けた。


「だから……ね? ありがとう、お兄ちゃん。私が素っ気ない時も、ずっと傍にいてくれて」


「……まあ、それが兄の責務みたいなところあるし」


 言うと、式乃はまたクスッと笑う。


 それから、重ねて「ありがとう」と言ってきた。


 照れくさくなるも、俺はそれに対しぶっきらぼうに対応。


 ベッドの中にさりげなく戻り、横たわっている式乃の隣に座る。


 そして、妹の髪の毛を優しく撫でてあげた。


 式乃は、そんな自分の髪を撫でる俺の手に触れる。


 体温と体温。


 さっきと同じみたいだ。


 深い場所で繋がっている感覚。


 荒れていた気持ちが一気に穏やかになっていく。


 もう式乃以外のことは考えたくなかった。


 こうして部屋で二人きり、ずっと安全な場所でただ会話していたい。


 俺の望みはそれだけだ。


 頭の中で一ミリも浮かべたくなかった。


 織原さんのことは。


「ねえ、お兄ちゃん? 私――」


 式乃が何かを言いかけたタイミングで、だ。


 唐突に学習机の上に置かれていたスマホがバイブする。


 誰かからメッセージが来た。


 俺の……ではない。式乃のスマホだ。


「……ちょっと待ってて?」


「うん。……だけど、式乃? 服着て、服。何度も言うけど、俺ヤバくなるから」


「ふふっ。だから、ヤバくなっていーよ? もっかいするだけだし」


「……あのなぁ……」


 呆れるように笑み、俺はため息をつく。


 式乃は剥き出しになっている後ろ姿を俺に見せつけながら、自分のスマホを確認した。


「……え」


「……? 誰から?」


 問うと、式乃は打って変わって険しくなった表情で俺に教えてくれる。


「杉崎君から」

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