第33話 狂気の目。飛んでるネジ。

「おり……はら……めぐみ……?」


「そう、私。織原恵美。こんにちは、守理君……♡」


 まどろみの中のような混濁した世界が拓かれた。


 暗闇に慣れている俺の目は、眼前にいる彼女を確かに捉え、困惑させてくれる。


 織原恵美。


 そもそも、彼女がここにいられるはずがないのだ。


 訳がわからない。


 ここは俺の家で、式乃の部屋で、父さんも母さんも入れないほど、固く扉は閉ざされているはず。


 どうやって俺の目の前に現れた……?


 素朴な疑問が彼女の異常さを際立たせ、冷や汗になって、体の震えになって表れる。


「あっ……えっ……!?」


 パニックに陥っていた。


 まともな言葉を発せず、ただ芋虫のように体をうねらせ、織原から距離を取ろうと試みる。


 が、それも上手くいかなかった。


 俺の体の上にまたがるようにして、彼女は腰を下ろす。


 ちょうど股間部分と股間部分が当たっている状態。


 思わずギョッとしてしまう。


 俺は軽い悲鳴を漏らし、織原から逃げようとするものの、それはもはや叶わなかった。


 一切動けず、ただ上半身を揺する。


 それを見て、織原は恍惚の表情で、狂気じみた笑みを浮かべていた。


「うふふふふふふっ……♡ やっと二人きり……守理君……♡」


「っ……!!! い、嫌だ……や、やめっ……やめてくれ……やめてくれ……!!!」


「あはははっ……♡ やめてくれって、私まだ何もしてないよ……? ……まだ……♡」


「た、助け……て……式乃……式乃……!」


「もぅ……本当に妹ちゃんが好きなんだから……」


「!?」


 馬乗りの状態。


 俺の胸を這っていた彼女の二つの手は、ゆっくりと首元へ行き、


「ぁがっっっ!?」


 強烈な力で、唐突に締め上げてくる。


 俺は一瞬にして呼吸するのも難しくなった。


「っっっっっ!!! っがっっぁ!!!」


 ギリギリ、と音がする。


 織原の手指と、俺の首の肌が擦れ合うその音が鮮明に聴こえた。


 真上にいる彼女は、嘲笑うみたいに、爛々とした狂気の光を瞳に浮かび上がらせている。


 瞳孔も小さくなり、明らかに目が血走っていた。


 やっぱり、おかしい。


 こいつは絶対にネジが飛んでる。


 狂ってる。


「あははははははははははははっ!!!!! あぁぁぁぁぁぁぁぁ〜♡♡♡♡♡ 締めてる!!!!! 私今、守理君の首締めてるっっっっっ!!!!! きもちぃ……きもちぃぃよぉぉぉぉぉぉ♡♡♡♡♡」


 意識が本格的に薄れ出した。


 口元から出る唾液が抑えきれない。


 目の焦点も徐々に合わなくなってきてる。


 殺される。


 殺されてしまう。







 そう思った刹那だ。


 どういうわけか、彼女は締め上げていた俺の首から手を離してくれた。


 大袈裟じゃない。


 俺は声を上げながら酸素を吸い上げ、恐怖に涙を流してしまう。


 動けないまま、式乃を呼ぶために叫ぶ。


 けれど、そんなのは全部織原の悦びのスパイスにしかならないようだった。


 低い声で、たまらないとばかりに笑い声を上げる彼女。


 悪魔だ。


 目の前にいるのは、まごうことなき悪魔。


「ねえ、守理君? ごめんね、やっぱり私、今日君を殺しちゃうかもしれない」


「……ぇ……?」


「本当はさ、式乃ちゃんから奪って、別のところに閉じ込めてあげようと思ってたの。あの子、私から君のことをあまりに遠ざけようとするから」


「ぇ…………ぇ…………?」


「でもね、さっきから守理君の反応見てたら、可愛くて可愛くてたまらない……! いっぱい、いっぱい、いっぱいいっぱいっぱいいっぱい、私の手で可愛がってあげたくなっちゃったの……!」


「ぃ…………ぃぃぃ…………!?」


「私ね? 式乃ちゃんがすごーーーく苦手だったんだ。男の子たちから変にチヤホヤされてて、そのくせお兄ちゃんである君が好きだからって、彼らを邪険にして、適当に交際したりして、色々たぶらかしてた。すごくすごーーーく気に入らなかった。私っていう存在があるのに、って」


「……っ……!」


 動こうとするも、強い力で手首を押さえ付けられる。


 動くな、と目で訴えかけてくる織原。


 俺はその圧に抵抗もできない。


「それでね、私決めたの。だったら、あの子の根っこから刈り取ってやろう、って。守理お兄ちゃんを徹底的に私のものにして、あの子を絶望させてあげよーって」


「……っ……そんなの!」


「うんっ♡ できるわけない、って思うよね♡ でも、残念♡ それをするのが私なんだよ♡」


「!?」


 重なり合っている股間部分を、織原が急にぐりぐりと動かしてきた。


 背が冷えるような感覚に陥る。


 彼女の顔が俺の顔と近くなり、やがて吐息の交わる距離になった。


「意思なんて関係無しに、守理お兄ちゃんを私のものにする方法、何があると思うかな……♡ たぶん、すぐわかると思うんだけど……♡」


「……………本気で……」


「んん?」


「本気でそれ……言ってるのか……?」


 問うと、織原は怖いくらいに口角を上げ、目をかっ開いて頷く。


 頷いて、べろりと俺の鼻を舐めてきた。


 当然顔をすぐに逃すが、それをさせまいと押さえ付けられ、舐めるどころかしゃぶり始める織原。


 唾液の匂いが鼻をつく。


 口呼吸しかできない中で、俺は抵抗できずにただ彼女を受け入れるしかなくなった。


 涙が勝手に出る。


 怖い……怖い……怖い怖い怖い怖い怖い……!


「はむっ……ちゅっ……はぁ……れろれろ……♡ 悪い守理お兄ちゃんはぁ……今からいたいけな女子高校生の織原恵美ちゃんをぉ……ちゅっぱっ……孕ませちゃいましゅ……ちゅちゅ……♡」


「っ……あ……あぁ……そんな……ことっ……」


「うふふふふふふふっ……♡ 式乃ちゃんどんな顔するかなぁ……♡ 楽しみで……楽しみで……あぁぁ……グチュってきたぁ……♡」


「や……やめっ……!」


「無理でーす……♡ やめませー」


 と、彼女が言いかけた折だった。


 がちゃり。


 ノックも何もなく、当然のように開けられる部屋の扉。


 そこには、冷たい瞳を浮かべた式乃が立っていた。

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