第6話
「ハリィメル、おはよう。今日は……」
「コリッド公爵令息、廊下の向こうに人がいます」
「ハリィメルはなにか好きなものはあるか? 食べ物とか色とか」
「コリッド公爵令息、向かいの校舎に人がいます」
「ハリィメルはいつも勉強熱心だが、息抜きも大事だぞ。俺と遊びに……」
「あっ! 今、そこの通りを犬の散歩している人が通りました!」
「ふざけんなあの女ああっ!!」
公爵家の自室にて、ロージスは怒りのシャウトしながらクッションをぶん殴った。
「俺をおちょくっていやがるのか! 男爵令嬢の分際で!」
「まあ、落ち着けよ」
「でも、予想以上に手強いわね」
正直言って、ロージスが声をかければ年頃の少女は皆のぼせ上がるものと思っていた。
公爵令息という地位に加えて、漆黒の髪と切れ長の瞳、均整のとれた体つき、成績も優秀で非の打ち所がない。
婚約者の座を狙う貴族の令嬢も、愛人の座を狙う平民の娘も腐るほどいる。
そんな男に愛をささやかれれば、いかに堅物のガリ勉令嬢でも心が動くに違いないと思ったのだが、どういうわけか愛をささやく隙すら与えてもらえていない。
「とにかく、レミントン嬢の態度を軟化させないことにはどうしようもないな」
ダイアンがそう言って顎に手を当てて思案する。
「……あれが軟化するイメージが湧かねえ」
喋る時間も無駄だと言わんばかりの態度を思い出して、ロージスは唇を噛んだ。生まれてこの方、女性からあんな冷たい対応をされたことはない。こちらが声をかけるまでもなく向こうから寄ってくるのが当然であったし、おとなしい娘も生真面目な令嬢もロージスが声をかければ必ず頬を染めた。
それなのに――
『人前では話せません』
(くそっ! あんな可愛げのない女は初めてだ!)
苛立つロージスの横で考え込んでいたティオーナが「そうだわ!」と声をあげた。
「贈り物をすればいいのよ! さすがに無視できないはずだわ!」
「贈り物か。いいかもしれないな」
ティオーナの提案にダイアンも頷く。
「贈り物って、指輪とかネックレスとかか?」
「お馬鹿。婚約者でもないのにそんなものを贈ったら引かれちゃうでしょ。お菓子とかリボンとかの安くて気軽なものよ」
ティオーナは得意げに胸を張った。
「まかせなさい。私が女の子なら必ず喜ぶものをセレクトしてあげるわ」
流行り物やおしゃれが大好きなティオーナならば間違いはないだろう。
ロージスは贈り物をもらって喜ぶハリィメルを想像してみたが、貼りつけたような微笑みで興味なさそうにこちらを見る姿しか思い浮かんでこなかった。
***
「ただいま」
「まあ。ハリィメル」
帰宅するとすぐに部屋に向かうのがハリィメルの習慣だが、この日は運悪く母親に捕まってしまった。
「あなたという子は、またこんなに遅くに帰ってきて!」
「図書室で勉強をしていたのよ」
聞き飽きた小言にうんざりしながら言うと、母親はいつもとまったく同じ台詞を吐いた。
「女の子がそんなに勉強してどうするのよ。あなたはいつまで経っても可愛げがないんだから。マリーエルを見習いなさい!」
三年前に嫁いだ二つ年上の姉は母親の自慢の娘だ。おしとやかで素直で、ハリィメルとは正反対。
「せっかく学園に通っているのだから、お友達を作ったり男の子とデートをすればいいのよ」
「そんな暇ないから」
ハリィメルは強引に話を切り上げて自室に駆け込んだ。
(公爵令息に告白されたなんて知ったら、大騒ぎするでしょうね)
それが嘘の告白だと説明したら、きっとこう言うだろう。
女の子が男の子よりいい点数を取るから、そんな目に遭うのよ。
「……私は絶対に負けないわ」
ハリィメルは自分に言い聞かせるように呟いた。
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